船主 大阪商船 総トン数 10,000トン 大正7(1918)年2月28日、三菱長崎造船所で竣工。 北米タコマ航路に就航。昭和6(1931)年からは郵商協調成立でアフリカ経由南米東岸船に転配。 太平洋戦争期に陸軍輸送船として徴用後は船舶運営会の手で運航されていたが、昭和17(1942)年10月21日、サイゴン発横浜向け航行中、台湾北方で雷撃により沈没。船員3名、戦死。