天候の幸運もあずかって宗谷は自力で氷海を脱出した。今年は南極の氷状がけわしく、宗谷と観測隊とのこれからは、まだまだ安心できないが、とにかく、待望の昭和基地とも一年ぶりに結ぶことができた。これで国際観測年の一翼をになう日本の仕事が軌道にのりだしたわけである。 昭和基地と連絡をとる宗谷のヘリコプターと南極総合本部の右から稲田・緒方・茅・川田・宮地の各氏 昭和三十三年二月十九日 第八三二号 日本写真新聞社