空襲による瓦礫やコンクリート片などが残り、片付けに追われる人びとの姿が見える。 前掛けをした男性の後方には、焼け残った島津製作所やYMCAのビルが写る。戦後、両ビルと共に周辺の焼けあともGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって接収された。