写真カオクキョウセイソカイ(02) S1H0909007969

家屋強制疎開(2)

内容

昭和20年(1945)の春になると東京の大半は焼け野原になってしまった。このころになると重要建造物や住宅地を焼夷弾攻撃の延焼から守るため、建物強制疎開が実施されるようになってきた。そのため焼け残った家屋を自らの手で破壊するという悲惨な作業が実施されていたのである。この写真にあるのは、新宿区における四谷第6次敵前家屋強制疎開の様子である。

原文