映像マッカーサー ニッポンニオワカレ
V1H2027200995
マッカーサー 日本にお別れ
撮影年月
1951年(昭和26年)
コレクション(提供者)
ユニバーサルニュース(Universal news)
撮影
発行
製作
配給
時間
2分11秒
米国国立公文書館オリジナル番号
UN-UN-24-448
視聴可
色彩無
音声有
貸出可
内容
陸軍元帥ダグラス・マッカーサーが東京の本部にやってきました。最後の訪問です。次の訪問地はハワイです。その後、14年ぶりに祖国、合衆国に向かいます。元帥が日本を発つ前に解決しなければならない重要な課題がたくさんあります。彼がここを発つ前に、後任のマシュー・B・リッジウェイ中将が会議のために到着しました。リッジウェイ中将は、連合国と合衆国のために、極東におけるいくつかの指揮権を引き継ぎます。マッカーサー元帥は、東京のアメリカ大使館を離れる前、昭和天皇の表敬訪問を受けました。天皇は皇居から車で元最高司令官の住まいを訪れました。これは、日本の統治者の歴史上前例のない丁重な行動です。ほぼ6年にわたってアメリカによる日本の占領を指揮した人の幸運を願って、何千人もの日本人が集まっています。マッカーサーは、合衆国へと発つために羽田空港まで付き添われ、見送られました。彼の最後の指令は自身の楽しい帰途を願うことです。 彼が民主主義の原則を教えた国民に別れを告げた際、19発の祝砲が上がりました。これは、歴史を記載する巻物内のもう1つの記録です。マッカーサー元帥の離日よりも前にこの種の尊敬の表明を受けたのはパーシング元帥だけです。大砲が別れのしるしを轟かせているとき、この陸軍元帥は自身の部隊の最後の観閲を行いました。公式の式典後、かつての敵であり、親愛なる友人に敬意を表すために、日本の一般人やその他の高官らが集まりました。マッカーサー夫人と、まだ自分の祖国を見たことがない13歳の子息が一緒に別れを惜しみました。元帥の専用機「バターン号」が、暖かい歓迎が待っている祖国に向けて飛び立ちます。
原文
MacArthur farewell to Japan