昭和19年の夏、当時国民学校5年生の高橋明子さんは、家族と離れ、茨城県の祖母の実家へ縁故疎開をする。 ・母の言葉 ・運命の日 ・待ち続ける日々 ・祖母の死 ・仮埋葬 ・奉公先での生活 ・何もない・・・ ・私の家族 (昭和8年12月生)