呉市史 資料編
発刊にあたって
凡例
第一章 明治期の呉
第一節 近代化への歩み
一、明治前期の呉地方
一 安芸郡諸隊取組一件
二 呉浦防御向につき集議申合条々
三 郡中献金上納覚
四 安芸郡年貢米勘定目録
五 戸長役場巡視につき諮問項目の答書
二、海軍の進出と呉港の変化
六 海軍の進出にともなう宮原村の影響
七 呉浦の景況
八 呉鎮守府建設工事と呉港の変化
九 明治天皇の呉軍港への行幸
三、帝国憲法の制定など国政改革の影響
一〇 憲法公布日の広島県内各地(荘山田村)の状況
一一 貴族院議員として上京に際しての挨拶
一二 大津事件で負傷したロシア皇太子快癒願
四、日清戦争の影響
一三 日清戦争と賃金の変動
一四 中国地区四県有志者による海軍歓迎会の状況
一五 物価の高騰と対策
五、呉市の誕生と明治三〇年代の状況
一六 呉港の発展と風俗や生活の変遷
一七 呉港の家屋建築と問題点
一八 日英同盟を歓迎する軍港の住民
一九 市制施行当時の呉市
二〇 朝鮮国元訓練第二代隊長禹範善の殺害
六、日露戦争とその後の呉
二一 日露戦争の呉市近郊村に与えた影響
二二 呉市の艦隊歓迎会
二三 海軍記念日の呉市の様相
二四 広島市と比較した呉市の特徴
二五 軍港に隣接する警固屋町の発展と混乱
第二節 統計にみる推移
二六 明治初期の安芸郡の実相
二七 呉市最初の市勢調査報告
二八 統計による広村勢の把握
第二章 政治の動向と行政および財政
第一節 明治前期の地方行政の変革
一 宮原村・呉町差縺れ一件
二 安芸郡戸長被命書写
三 沢原為綱履歴
四 元宮原村吏員更迭取調書
五 苗代外四ヶ村連合村会議事細則
六 帳簿受渡の儀につき稟議
第二節 憲法の制定と政治の変革
一、国政の動向
七 安芸倶楽部の結成
八 呉港における政談演説会の状況
九 衆議院議員総選挙候補者の調停
一〇 憲政党広島支部発会式における沢原為綱の祝二
一一 政局の混乱と板垣退助の書簡
一二 貴族院多額納税者議員互選選挙会の状況
一三 沢原為綱前貴族員議員の活動
一四 内藤守三の政界回想
二、地方政治への対応
一五 呉市における県会議員選挙状況
一六 安芸郡役所の移転問題
一七 賀茂郡から安芸郡への転郡を求める阿賀村の請願
一八 呉軍港内諸村の安芸郡への合併を求める上申
一九 阿賀村の日分離を求める賀茂郡三八ヶ町村の請願
第三節 町村制の施行と呉市の誕生
一、町村制施行の準備
二〇 「町村制」施行に関する郡長の諮問に対する荘山田村の答申
二一 第一回広村村会議員および村長・助役選挙
二、町村制の施行にともなう諸問題
二二 本庄村内大字に区長設置について建議
二三 本庄村内大字に区会の設置と条例の制定
二四 和庄町の町会議員の定員削減に関する条例の制定
二五 和庄町助役条例の改正
二六 和庄町諸収入滞納督促条例の改正
二七 吉浦村の川原石・両城分離問題とその動向
二八 日露戦争が郷原村の財政と経済におよびした影響
三、呉市の誕生と行財政問題への対応
二九 呉市制期同盟会趣意書
三〇 呉市長候補者の選挙
三一 呉市公債の発行と財政問題
三二 呉市庁舎建築工事の見学と評価
三三 呉市会議員選挙の状況
三四 呉市の租税と納税の状況
第四節 模範村広村の形成
三五 広村基本財産蓄積の件
三六 知事協会幹事長長沢則彦講話
三七 広村尚善会の創立
三八 村旧債整理要書
三九 山田春三知事の広村視察談
四〇 報徳会における広村の紹介
四一 諸団体等の事績抄録
四二 模範村選奨につき村況調査
四三 大洲師と村越校長事績
第三章 経済の発展
第一節 経済の動向
一、経済団体と産業発展策
一 競富社設立の主意
二 仁方村農商工申合規約
三 呉実業談話会の設立
二、経済状況と景気動向
四 明治一〇年代の広村の経済状況
五 日露戦争期の歳末景気
六 広島県内三市の生産力
七 仁方町の産業
第二節 農林漁業の推移
八 賀茂郡漁業観光調査抄録
九 吉浦村漁獲物・水産製造物報告抄録
一〇 吉浦村水産・農業年報
一一 阿賀村果樹園沿革
一二 呉市の造林計画
一三 阿賀町・広村漁具調査抄録
一四 共同苗代廃止運動彙報
一五 情島付近の鰆網紛争
第三節 工業の発展
一、漁網産業の展開
一六 多賀谷弁吾の広村製網業発展への功績
一七 阿賀村の製網業の発展と野間善助
二、酒造業の発展
一八 相原本家の酒造業の経歴
一九 吉浦村における酒造会社の設立
二〇 安芸郡呉市部第一〇会酒類品評会
二一 広島県酒造組合第一四会品評会
三、製塩業の盛衰
二二 製塩燃料として石炭使用をめぐる製塩業者と村民の対立
二三 製塩業営業願の提出
二四 仁方塩田所有者組合規約
二五 塩田使用契約の締結
二六 仁方製塩売買(株)第一期営業報告
二七 仁方の製塩業
四、白峰造船所の進出と倒産
二八 明治三〇年の白峰造船所の生産活動の状況
二九 明治三一年の白峰造船所の生産活動の状況
三〇 海軍による造船・造機業を委託すべき私立造船所調査への白峰造船所の回答
第四節 商業と金融
一、商業の発展
三一 各種市場につき調査報告
三二 鎮守府用達願に関する件
三三 青物市場の紛争
三四 牛乳営業取締の件につき請願
三五 三井物産会社呉出張所長の送別会
二、銀行の設立と経営
三六 (株)呉貯蓄銀行定款
三七 (株)呉貯蓄銀行第二期営業報告
三八 (株)呉貯蓄銀行の増資
三九 (株)呉貯蓄銀行の普通銀行への変換
四〇 (株)呉商業銀行営業案内
四一 銀行設立に際し賀茂郡の仁方村に対する内訓
四二 (株)仁方貯蓄銀行設立認可一件
四三 (株)仁方貯蓄銀行第三期営業報告
四四 広島県農工銀行設立の経緯
四五 住友銀行呉支店の金庫ならびに代理店事務中止
四六 (名)三井銀行呉出張所の閉鎖
四七 呉市の銀行と会社の営業状況
三、頼母子(無尽)と質屋
四八 宮原村港頼母子の企画
四九 商業営業願
五〇 八品商組合居商看板附与願
五一 広分署より質屋への盗難品触れの状況
第四章 交通と都市基盤の整備
第一節 交通構想と交通問題
一、呉軍港の交通構想
一 宇品~呉湾道路構想
二 広島~呉間鉄道併設道路開設について上申
二、軍港都市の交通事情
三 馬車の取締について要望
四 呉市の交通手段
五 呉軍港区域の拡大と交通問題
六 軍港都市の形成と交通の概況
第二節 道路と河川
七 警固屋村内の里道の開築願
八 荘山田村内国道改修の準備
九 吉浦村内道路新設と手続
一〇 海軍水道築造にともなう里道改修工事の件
一一 堺川埋立工事の状況
一二 海軍用地内堤防修繕の義につき願
一三 二河川~堺川間の運河構想
第三節 鉄道と市街電車
一、呉鎮守府両翼鉄道線計画と呉線の開通
一四 呉線の開通に果たした内藤守三の役割
一五 呉鉄道(株)の創立申請書
一六 呉~広島間寛永鉄道速成につき呉鎮守府の上申
一七 呉線工事につき移転料配慮願
一八 呉線鉄道工事の報告
一九 呉線開通式
二、市街電車の開通
二〇 馬車鉄道の敷設特許願
二一 呉電気鉄道などの水力電気用水新設願
二二 呉電気鉄道(株)の前途
二三 呉電気鉄道(株)の開通式
第四節 海上交通と港湾
一、海上交通
二四 少蒸汽船回漕御用達につき上伸
二五 同盟汽船の時刻表
二六 便船組合の結成
二七 尼崎汽船の宇品~今治航路開始広告
二、港湾問題と吉浦港の整備
二八 吉浦桟橋の架設願
二九 川原石港の利用制限と吉浦港の邂逅
三〇 吉浦桟橋落成式
第五節 電気とガス会社の設立と供給
一、広島水力電気(株)の設立とその後の動向
三一 発起人業意義決定書
三二 会社設立準備の本格化
三三 広島水力電気(株)の定款と目論見書
三四 広島水力電気(株)創業総会議決の報告
三五 水道布設等についての広村の諮問決定書
三六 発電所設置につき広村との契約
三七 発電所設置についての諮問と広村の答申
三八 黒瀬川水量調査と水路水門等仕様書の作成
三九 発電所用井堰ならびに用水路変更につき和解
四〇 渋沢栄一の呉訪問記
四一 広島水力電気(株)と呉電気鉄道(株)との合併仲介に対する礼状
二、呉瓦斯(株)の設立
四二 呉瓦斯(株)定款
四三 呉瓦斯(株)の株式取引開始
第六節 通信機関の動向
一、呉鎮守府内の通信機関
四四 軍民併用の呉電信局設置
四五 旧電信局舎を二等郵便電信局の附属建物として使用の件
四六 呉海軍部内に郵便局設置
二、呉港の通信事情
四七 呉郵便電信局の活動
四八 呉~広島間普通電話の開通
四九 電話加入申込者の増加
第五章 教育および宗教と文化・スポーツ
第一節 学校教育の開始と展開
一、家塾と小学校
一 各地の家塾と寺子屋
二 広村の学事調査報告
三 学校教育に関する安芸郡の諮問
四 呉小学校建設計画と協力依頼
五 呉高等小学校の儀につき伺
六 呉鎮守府開庁当時の呉港の教育状況
七 淡水小学校および幼稚園の開校と活動
二、中等教育の動向
八 市立中学校設立計画
九 市立中学校長候補に関して呉文聡から沢原俊雄あて書簡
一〇 呉市立呉中学校の県立移管計画
三、職業教育
一一 徒弟教育
一二 呉工業補習学校の開校
四、教育をめぐる状況
一三 呉市の財政と教育に関する市長の説明
一四 教育品展覧会の状況
一五 明治四〇年代の呉市教育状況
第二節 社会教育の動向
一六 呉港婦人談話会の開会
一七 吉浦村の若衆講の活動
一八 広村公会堂建設につき官有地特別払い下げの請願
一九 阿賀町における社会教育活動
第三節 宗教活動
一、神社と祭礼
二〇 氏神祭に神輿差出しにつき許可願
二一 氏神祭礼の義につき伺
二二 宗教上の件につき伺
二三 亀山神社の祭礼
二四 氏神例祭日の変更につき協議
二五 氏神例祭日の変更につき請願
二、真宗崇徳教社の活動
二六 信州崇徳教社の沿革
二七 第四仏教中学移転問題に対する信州崇徳教社臨時議会の報告
三、呉地域における真宗の影響
二八 明法寺読書会
二九 説教所建築資金調達のため頼母子講の開設
三〇 呉仏教青年会の活動と協力依頼
四、明治期の呉市宗教の諸相
三一 呉港におけるキリスト教の布教活動
三二 仏教徒とキリスト教徒の対立
三三 明治四〇年代初期の呉市の宗教施設
第四節 文化とスポーツ活動
一、新聞と雑誌
三四 興風社の維持につき嘆願
三五 新聞雑誌繙閲会の設立
三六 呉港新潮の発行
三七 新聞紙条例改正を求める陳情
三八 呉日日新聞社の整理条
三九 呉毎日新聞社の沿革と再建案
二、呉の文化活動と関連する文化人との交流
四〇 呉文聡と沢原為綱の往復書簡
四一 広村における俳句の同人活動
四二 津田琴渓(山脇敏子)のフランス留学支援願
四三 呉音楽団の秋季大会
三、スポーツの胎動
四四 賀茂郡第五聯合小学の運動会
四五 淡水小学校の運動会
四六 呉市小学校聯合陸上運動会
四七 五番町尋常小学校の児童陸上競技
四八 明治期の呉市の野球
四九 近県各中学聯合野球大会で優勝した呉中学校
五〇 呉武術奨励大会案内
五一 呉弓術会発会式
五二 日本海海戦紀念日角力取組番附
第六章 社会問題と衛生
第一節 社会問題と対策
一、慈善事業
一 救助米募集および配布方法の決定
二 広島三院開院後の活動状況
三 広島三院の設立と譲与の経緯
四 『呉博愛新聞』創刊案内と広告掲載依頼
五 呉孤児院演芸会趣意書
六 広島慈恵院の呉慈善音楽会開催案内
二、労働争議と市民運動
七 ストライキに関する実態調査と報告の要請
八 白峰造船所の争議
九 呉電気鉄道(株)のストライキ
一〇 講和条約反対呉市民大会
第二節 医療の発展と公衆衛生活動
一、医療の近代化への胎動
一一 医学私舎の設立を推奨
一二 開業医組合設立手続の制定
二、陸海軍の進出と医療
一三 広島博愛病院の設立趣旨
一四 呉港脩医会規則
一五 明廿医会規約の制定
一六 呉港の医師たちの活動
三、伝染病(コレラ)の流行と対策
一七 コレラ流行につき広島県令の論達と患者の動向
一八 明治一二年の広村におけるコレラの流行と対策
一九 明治一九年のコレラと赤痢の流行に対する安芸郡の布達
二〇 広村における明治一九年のコレラ流行の状況
二一 広村のコレラ流行と予防摂生等盟約
四、公衆衛生の推進
二二 呉市立衛生会規則と商議員会決議報告書
二三 衛生施設の設置管理について広島県に建議を求める提案
第三節 風俗問題と趣味・娯楽
一、風俗の改善と遊郭の開業
二四 呉湾択善協会の設立
二五 呉鎮守府接近の地へ遊郭開設を許可しないよう上申
二六 矯風会の設立
二七 風俗の改良のため遊郭地を設置することに反対の書簡
二八 風俗改善のため遊郭設置につき建議
二九 遊郭地設置につき嘆願
三〇 遊郭における自由廃業問題の発生
二、趣味と娯楽
三一 市民の趣味
三二 呉における流行謡
三三 呉市における薩摩琵琶大会
三四 常設興行場の設置願
三五 世界館の開館
三六 春日座の落成式
三七 和庄町の旅館
三八 呉倶楽部の開設
三九 湯舟温泉の開業式
四〇 浜崎海水浴場内に蒸湯の開業
四一 浜崎海水浴場の様子
四二 明治三〇年代の呉の風評
第四節 住民の生活と環境
四三 呉港住民の生活環境についての豊住軍医大監の報告
四四 広島県民の食生活についての豊住軍医大監の報告
四五 食生活と脚気について豊住軍医大監の報告
四六 家屋建築・借地建家番号・廁圊設置届
四七 日露戦争期の家計支出
第五節 治安と災害
一、警察と消防の活動
四八 巡査採用につき調査報告
四九 警察署長の交代と風俗改良
五〇 呉港連隊消防組設置につき書簡
五一 消防出初式実施につき案内
二、暴風雨による被害と救護
五二 安芸郡における高潮被害の状況
五三 高潮による堤防破壊につき修繕費補助願
五四 石碑建設について稟議
五五 仁方町の水害の状況
五六 明治三六年水害の状況
五七 明治三六年水害と日本赤十字社の救護活動
三、芸予地震の被害と救護
五八 広島県の震災被害調報告
五九 呉海軍の緊急震災報告
六〇 震災に関する第五憲兵隊長の報告
六一 呉海軍工廠的被害の報告
六二 震災についての新聞報道
六三 今村理学博士の芸予地震調査報告
六四 曾禰工学博士の芸予地震建築物調査報告
六五 日本赤十字社救護藩の震災救助活動
四、事故、事件、火災の状況
六六 火薬庫の爆発
六七 呉鎮守府の疑獄事件の発生
六八 本通四・五丁目の大火
第七章 海軍と呉市
第一節 海軍の進出と影響
一、軍港の建設と住民
一 海軍測量のため肝付兼行少佐一行出張につき協力依頼
二 青盛敬篤宮原村戸長より沢原為綱安芸郡長あて呉鎮守府工事の準備状況などにつき報告
三 人夫雇用を口実とした詐欺に注意を喚起する内訓
四 呉港への出稼志願者への説諭
五 二河川水源の山林濫伐禁止の件
六 用地の買収と住民の移転
七 呉鎮守府建設工事開始当時の呉港の様子
八 呉鎮守府建設工事にともなう人口の変化
九 呉鎮守府司令長官宿舎借入の件
二、海軍の進出と在来産業
一〇 呉鎮守府水道布設と二河川灌漑田地の被害発生に対する住民の対応
一一 漁民救済のため官林払い下げ願
第二節 軍港の建設に果たした住民の役割
一二 市街地築調について協議
一三 官有地の払い下げ願
一四 呉港市街地築調のため土工会社の創立
一五 呉鎮守府造船部第一船台築造工事について下請負定約証
一六 鎮守府建築委員の呉と佐世保の実況視察報告
第三節 海軍と市民との関係
一、海軍に対する住民の反発
一七 衆議院議員豊田実穎の呉鎮守府所属施設に関する質問書の提出
一八 呉鎮守府所属施設に関する答弁
一九 呉鎮守府所轄地内を住民通行の件
二〇 郷原村共有地の献納につき取消の件
二、海軍と住民の協力
二一 住民有志による「千島」追吊法会の実施
二二 呉鎮守府招魂祭と呉港の状況
二三 軍艦「宮古」の進水式と呉港
二四 職工および船夫追吊法会の開催と住民の協力
二五 呉海軍造兵廠観覧会の開催
二六 呉工廠における最初の戦艦「安芸」の進水式と当日の呉市
二七 第六郷潜水艇遭難犠牲者の葬儀
第四節 明治期の対外戦争と住民
一、日清戦争・北支事変と住民への影響
二八 日清戦争従軍者家族の生活状況調査報告
二九 日清戦争に関する郷原村の活動報告
三〇 北清事変における第五師団呉分隊等の応召状況
二、日露戦争と住民への影響
三一 日露戦争従軍家族の学校授業料免除の決定
三二 呉干城会授産部のかつ小津
三三 軍人家族生業扶助に関する私設団体の状況
三四 郷原村の日露戦争に関する事務取扱調査報告
三五 日露戦争における阿賀町の後援事業
付図1 安芸郡宮原邑明細図
付図2 安芸郡呉港旧地形図
付図3 呉軍港全図(鎮守府建設計画案)
付図4 呉浦の鳥瞰図