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耐えた日々

サブタイトル1~10
吉田地方の戦中・戦後
編著者名
吉田町郷土史研究会 編
出版者
吉田町郷土史研究会
出版年月
1999年(平成11年)11月
大きさ(縦×横)cm
21×
ページ
224p
ISBN
NDC(分類)
217.6
請求記号
217.6/Y86
保管場所
閉架一般
内容注記
文献あり
和書
目次

はじめに

第一章 戦時下の日常生活
第一節 総論
第二節 銃後の守りと軍事協力
 1 はじめに
 2 隣組活動
 3 慰問袋・慰問分
 4 千人針・千人力・寄せ書
 5 馬草の供出
 6 防空・防火訓練
 7 防空監視哨
 8 防空監視哨の思い出
第三節 根野飛行場
 1 建設工事の概要
 2 飛行場建設の学徒手記
第四節 軍事協力
 1 はじめに
 2 仏具の供出
 3 出征兵士壮行会
 4 松根油工場
第五節 町村葬
 1 はじめに
 2 町葬
 3 村葬
 4 戦死公報と遺骨
第六節 銃後を守る女性
 1 はじめに
 2 農村の女性
 3 婦人団体
 4 婦人参政権と社会進出

第二章 窮乏した衣・食・住
第一節 衣
 1 服装
 ア はじめに イ 国民服 ウ モンペ エ 手作り服装 オ 婦人会会服
 2 スフと代用繊維
 3 生活必需品の統制
 ア 衣料切符制 イ ララ物資
 4 モンペからの脱皮
第二節 食
 1 食の形態
 2 食糧の統制
 3 生活必需品
 ア 調味料 イ 酒 ウ 燃料 エ マッチ
 4 食糧危機
 ア 代用食の症例 イ 遅配欠配 ウ 食糧休暇 エ 幽霊人口と闇買い オ 生産者の苦労 カ 非農家の飢餓 キ 学童疎開の給食 ク 栄養源
 5 農村の保健について
 ア 衛生面の苦労
第三節 住
 1 農家の住まい
 2 農家の間取り
 3 屋根葺き
 4 戦時下の住宅
 ア 空襲対策と住まい イ 疎開による人口の増加
 5 住宅改善
 ア 水と炊事場と風呂場 イ かまどの改善 ウ 便所の改善
第四節 物価と経済
 1 はじめに
 2 広島県における貯蓄運動
 3 戦後の経済混乱
 4 敗戦と日本経済
 5 新円切り替え
 6 ドッジ・ラインと、シャウプ勧告
 7 広島の戦後経済の復活

第三章 食糧増産体制
第一節 総論
第二節 戦時下の農業
 1 自作農の創設
 2 食糧増産体制
 ア 排水工事 イ 技術指導 ウ 農村新体制
 3 食糧管理と供出
 ア 供出制度 イ 米の二重価格 ウ 集落での供出割当対応
 4 農村労働力の低下
 5 生産資材の欠乏
 6 食糧不足と作物優先順位
 ア 作付規制 イ 蔭切り及び露切り ウ 不急不要で消えた特産
 7 農業団体の戦時協力
 ア 農業会 イ 戦時農業団 ウ 県農業会 エ 県農業会高田支部 オ 町村農業会 カ 戦時農業団解散
第三節 戦後混乱期の農業
 1 食糧事情の悪化と供出
 ア 食糧管理強化 イ 指導農場 ウ 食糧調整委員会 エ 食糧危機とジープ供出 オ 農業調整委員会 カ 米の供出量事前割当制
 2 食糧統制の緩和
 3 地場農機具産業の台頭と消滅
 4 開拓
第四節 民主化される農村
 1 農地改革
 ア 山林解放 イ 農地委員会解散 ウ 給付金
 2 農業会の解散
 3 生まれ替る農業団体と関係機関
 ア 農業協同組合 イ 農業共済組合 ウ 農業改良普及所

第四章 戦時下の教育
はじめに
第一節 戦時教育の進行
 1 学校教育の変遷
 2 出征軍人の武運長久祈願
 3 少国民の食糧増産活動
 4 学校の献穀田
 ア いも畑となった校庭 イ 献穀田の田植え
 5 郷野小学校の「貫信庵」経営
 6 国民学校の毎月定例行事
 7 学校生活のようす
 ア 昭和十二年から二十年まで イ 教練の時間 ウ 女子学徒 エ 夏休み中の宿題
 8 中等学校生との制服
 ア 男子生徒 イ 女子生徒
 9 小学校が国民学校へ
 10 児童の鍛錬
 11 国民学校時代の音楽教科書
 12 運動会と体操際
 13 敵性語の禁止
 14 忠魂碑の供出
 15 成年男子の体力章検定
第二節 決戦下の児童・生徒
 1 学徒動員
 ア 吉田高等女学校生徒 イ 女子挺身隊 ウ 吉田農学校生徒 エ 勤労動員中の宿舎「中正寮」
 2 本土決戦に備える少国民の出動
 3 国民義勇隊と竹槍
 4 学童の集団疎開
 ア 呉市の国民学校関係 イ 広島県立ろうあ学校関係
第三節 終戦直後の教育
 1 戦後期教育の動向
 ア 直後の状況 昭和二十一年(一九四六) イ 新教育の台頭 昭和二十二年(一九四七)
 2 戦時教材の削除
 3 御眞影と教育勅語謄本の奉還
 4 学制改革
 5 青年団活動

第五 兵役と生活
はじめに
第一節 兵役
 1 日本の国体
 2 兵役
第二節 徴兵検査と入隊
 1 はじめに
 2 徴兵検査
 3 兵役の免除起点(明治六年当時)
 4 吉田で行われた徴兵検査
 5 入隊
 6 営内生活・内務班
 7 ある近衛兵の手記
 8 私の軍隊生活
 9 極秘の入隊
 10 上官に知人が居れば
 11 終戦後の入隊
 12 秋季演習・民宿
第三節 教育
 1 はじめに
 2 下士官候補者隊
 ア 私の体験
 3 幹部候補生
 4 予備学生(海軍)・特甲幹(陸軍)
 5 陸軍幼年学校
 ア 幼年学校とは イ 広島陸軍幼年学校の吉田町疎開 ウ 廃坑 エ 菊の御紋章とあばれ馬
第四節 応召
 1 赤紙
 2 奉公袋
 3 所持品
第五節 志願兵
 1 はじめに
 2 少年飛行兵・戦車兵
 3 海軍志願兵
第六節 軍事郵便
 1 戦地の便り
 2 ある将校の戦地の便りから
第七節 除隊
第八節 敗戦
 1 玉音放送
 2 武装解除
 3 引揚げ・復員
 ア 引揚げ・復員業務 イ 舞鶴港における引揚げ業務 ウ シベリア抑留
 4 「赤トンボ」で復員
第九節 満州開拓団
 1 はじめに
 2 満州開拓の組織
 ア 満州農業開拓団 イ 満蒙開拓青少年義勇軍 ウ 報国農場
 3 高田開拓団 4 悲劇の大地 5 集団自決 6 「殉難の碑」の建設

第六章 原爆と救護活動
第一節 総論
 1 原爆投下前の戦況
 2 原爆投下のねらい
第二節 原爆の実態
 1 原爆投下
 2 軍部把握の被害
 3 広島被爆の様相
 4 原爆投下日の吉田
 ア ピカドン イ 原爆投下当日の記憶 ウ 吉田で見たキノコ雲 エ 山部で見たピカ オ 相合のピカドン
第三節 被爆者救護活動
 1 吉田の救護活動
 ア 郷野救護所 イ 吉田病院での救護 ウ 救護の回想 エ 特別教室ので救護
 2 火葬準備
 3 吉田農学校生の救護活動
 4 吉田高等女学校生の救護活動
 5 青年師範学校女子部の救護活動
 6 丹比東国民学校の救護活動
 7 吉田国民学校の救護活動
第四節 広島への出動
 1 広島県の対応
 2 丹比警防団の出動
 3 吉田高等女学校の出動
 4 町内教職員の出動
 ア 報国隊 イ 学徒隊
 5 交通事情
第五節 吉田病院の救護活動
 1 吉田病院の施設と陣容
 2 当直日誌にみる救護活動
第六節 原爆被爆
 1 吉田町の被爆者
 2 原爆死没者供養
 3 原爆被爆者の現状
第七節 原爆と終戦
 1 終戦への道
 2 終戦の詔書

資料
 主要関係年表
 吉田・八千代町の町名変遷表
 資料提供者御芳名
 編集委員・吉田町郷土史研究会員
 参考文献

あとがき