昭和元年生まれ達
序
昭和元年生まれの記(序の一)
いろいろおどしの文(序の二)
第一篇蘭園暢談集
一 蘭園墨荘の記
二 マリア様のファン
三 観樟楼の記
四 お手習い
五 夾竹桃
六 落ち葉
七 昭和元年生まれ達(北野中学百周年記念文集)
八 先生の奥さん
九 きさらぎの二十二日
十 垂涎の跡
十一 結婚二十五周年を祝って貰って
十二 六十五歳になった時
十三 原稿を書く話
第二篇 蘭園史談集
一 歴史家のために
二 歴史の転換期
三 作られた歴史
四 二十一世紀に生きることを考えよ
五 私は今、何をしているか
六 天皇
七 中国史研究における時代の壁と地域の壁
八 歴史のパズル
第三篇 蘭園研滴集
一 江戸時代における漢籍の輸入
二 パンダと象
三 暴れん坊将軍と象
四 享保の象行列-暴れん坊将軍と象
五 享保版「象」のすべて
六 徳川吉宗と薬方
七 掃苔
八「暴れん坊将軍」とライブラリー
九 唐本の値段
十 ドレスデンの椿
十一 椿の輸出と輸入
十二 雪舟の椿など
十三 陶磁に見る東西交流
十四 西洋における東洋のやきもの
十五 マリン・ルートの一括遺物
十六 『乍浦集詠』乍浦に還る
十七 興味深い『冥土用旅券』-中国江陵県出土の竹簡
十八 庶民の生活、伝える「木簡」
十九 中国の漢簡研究は今、どこまで?
-漢簡研究国際シンポジウムを終えて-
二十 三司馬印
二十一 売茶翁のむかし
第四篇 蘭園遊歴集
一 GOWN&TOWN-ケンブリッジ
二 ケンブリッジの生活
三 ケンブリッジのハイ・テーブル
四 図書館と私
五 グラナダから
六 私のヨーロッパ そして学生諸君
七 あかりの話
八 プリンストン大学から
九 日中学術交流と米中学術交流
十 チューリッヒ大学瞥見
十一 首都機場賓館
十二 香港の地下鉄
十三 九広鉄道
十四 香港駕駛学院
十五 アメリカ所在の居延漢簡始末
十六 天津の運転手
附 もう一つの履歴書―外国旅行記録―
第五篇 蘭園追憶集
一 満中陰ごあいさつ-母
二 石浜純太郎-『東洋学の系譜』
三 石浜純太郎先生とS・エリセーエフ博士
四 森鹿三先生と木簡研究
五 贈呈の辞
六 御期待に沿わぬままに
七 末永先生の御受賞に思う
八 先生を憶う
九 自分のペースを持った人-三上諦聴教授
十 山田さんとハーバード大学-山田信夫教授
十一 本当に首も長かった麒麟児-藤原出教授
十二 日原さんの論文集が出ると聞いて
十三 白皙の山口を悼む-山口耕一君
十四 宇野さんとの出遇い
十五 この夏
十六 人と文物とを待つ-居延漢簡をめぐって(徐萍芳式)
第六篇 蘭園序跋集
一 私のすすめる歴史書の読み方
二 江戸時代における唐船持渡書の研究
三 中国人が書いた魏志倭人伝-自著『親魏倭王』を語る
四 親魏倭王
五 秦漢法制史の研究
六 漢版序
七 秦漢帝国の威容-図説中国の歴史第二巻 講談社刊
八 木簡
九 江戸時代の日中秘話
十 江戸時代における中国文化受容の研究
十一 木簡学入門
十二 序言-大英図書館蔵敦煌漢簡の刊行にあたって-
十三 漢簡研究
十四 漢簡研究の現状と展望
十五 居延漢簡索引
十六 古代中世日中関係史の研究
十七 小序雑纂
歴史 日中文化交流史叢書一
典籍 日本文化交流史叢書九
第七篇 蘭園椒粒集
一 藤沢東畡の記念碑
二 若気の至りを恥ずる
三 関大100年のSymbolとAlumni
四 館長室でお茶を
五 海を越えた、館と館とのお付き合い
六 中国へ図書資料を送ること
七 海賊の援け
八 A Tiny Activity
九 無性に懐かしい職場
十 近況
十一 大人の年齢
十二 昨日今日、そして明日
十三 自分の核を見つけよ
十四 私の経験を通して
十五 必らず買う二人の作家
十六 新入生におくる―文学部学生主任として
十七 PTAだより
十八 こんばんわ、皆さん、おおばおさむです
十九 露の溜まり