表参道が燃えた日 続
はじめに
赤坂区青山南町六丁目・青山高樹町
白い小さな紙の箱(海波巌)
戦争のないことを願って(神谷和子)
三度の空襲(中村正英)
青山つれづれ まさか青山が燃えるなんて
(上野正雄)
忘れられない恐怖の空襲
(近藤アイ子・新居美代子)
「北杜夫」斯く語りき
空襲の想い出(十代田禮子)
赤坂区青山北町六丁目
恐ろしく悲しい大空襲の記憶(平田諦)
山陽堂さんに助けられて(若林加寿子)
創業一二〇周年の山陽堂書店(萬納昭一郎)
思い出の青山(田中寿子)
渋谷区穏田一、三丁目・竹下町
戦時中の出来事(佐藤銀重)
罹災の記(島野敬一郎)
私の大東亜戦争(松田豊彦)
忘れられない五月二十五日(岩崎栄子)
戦後六十五年 東京の記憶(斎藤伊佐雄)
おばあちゃんのうけた空しゅう
(夏休みの自由研究 木村そう)
渋谷区原宿二丁目・赤坂区青山北町四丁目
空が赤く燃えた日(栂野春野)
それは五月二十五日に!(平瀬庸)
故郷の空が燃えている(千野孝)
近衛歩兵第六聯隊の日記(田中實)
渋谷区穏田二丁目・上通二丁目・青葉町・金王町
穏田川に入って(柴田キヨ)
母の手紙(稲葉正輝)
三たびの空襲-両親を失う(岩田昭男)
五月二十五日の思い出(白根嘉代子)
山手大空襲(石井明)
赤坂区一ツ木・新町三丁目・表町四丁目
赤坂小学校炎上-木造三階建て校舎の最後(本間馨)
赤坂の空襲の夜(木内良夫)
弁慶掘に一晩浸かって(安藤要吉)
大空襲で焼失した「戸籍謄本」(若宮正子)
世田谷区・麻布区・渋谷区幡ヶ谷本町・中野区・淀橋区
太平洋戦争と私(依田比沙子)
世田谷空襲六十六年目に思うこと(三枝孝治)
戦災の記録(薮本普美)
焼夷弾が焼いたもの(永井おとよ)
戦後六十五年、我が町 南中野(斎藤百合子)
母親の悲しみ(村井恵以子)
付録
空襲前後の表参道のけやき並木(米軍撮影空中写真)
昭和二十年五月二十五日~二十六日の空襲について
遺体の行方-仮埋葬から慰霊堂へ
東京の空襲
東京空襲記録
略年表
軍事施設
東京都戦災焼失地図
参考資料
燃える穏田と表参道(石川金四郎 画)
本文挿絵 穂積和夫