とわの祈り
- サブタイトル
- 戦後30年を偲んで
- 編著者名
- 名東区遺族連合会 編
- 出版者
- 名古屋市名東区遺族連合会
- 出版年月
- 1976年(昭和51年)8月
- 大きさ(縦×横)cm
- 19×
- ページ
- 380p
- ISBN
- NDC(分類)
- 916
- 請求記号
- 916/Me27
- 保管場所
- 閉架一般
- 内容注記
- 肖像あり
- 昭和館デジタルアーカイブ
はじめに(名東区遺族連合会長・高木信一)
『とわの祈り』の発刊によせて(名古屋市遺族連合会長・箕浦三郎)
兄の思い出(小森千代子)
夫が渡した青酸カリの小瓶を握りしめて(小野寺節子)
一冊の作文綴りを遺して(柴田たい)
今は亡き母が扶助料で求めた好きな飴を仏前に供えて(加藤敏夫)
「軍人の遺族として再婚を許さず」の遺書を守り通して(横井定子)
あゝ沖縄(早川千恵子)
「オトウサンニ、アイタクバ、ヤスクニジンジャへキナサイ」と我が子への遺書を残して(鈴木ちよ子)
戦死を信ぜず、二十年間亡弟の葬儀をさせなかった老母(加藤嘉雄)
残されたギターに今は亡き我が子を思う(三尾つたえ)
原爆許すまじ、わが子二人をピカドンに奪われた母の叫び(山田ヒサ子)
タバコの吸い方まで、亡父そっくりの息子とともに(野村しづ)
いまの幸せを一緒に味いたかった(吉富いと)
「身はたとへ果てなくみ空に散るとても七度び咲かん山桜花」の遺書を残して戦の空に散った弟(高木信一)
兄と弟の戦死に寄せて(吉原嘉弘)
今は息子そっくりの亡父の肖像画にみもまれて(下出あき)
今も母のふところの中に……学徒出陣した息子の写真(石井喜久子)
征き征きて、吾子は還らずふるさとの、壁に遺しゝ、忠孝の文字(岡音和)
一人息子を戦争にとられて(井沢きぬ)
空襲のため住居は全焼、そして三人の兄弟が出征して(加藤一義)
水晶の数珠と共に散った夫(松野雪子)
紙きれ一枚のみ入っていた白木の箱(玉腰志げ)
働き手を失った農家を守り抜いた苦闘の人生(大原つか)
女四代に結ぶ栄さんの面影(服部はる子)
戦火の中、家業を守り続けて(飯島志よう)
旅行するときは亡き夫の写真がいつも一緒に(加藤まつ)
碧空に生き、碧空に散った青春(大矢つきの)
月明りで野良仕事に励んだあの頃も今はなつかしい(加藤お志げ)
「あんずの花が盛りです……」たった一通の便りの文面にあったことばが今も母の脳裏から離れない(林孝三郎)
米の買い出しが日課だったあの頃(兼松みさお)
瀕死の息子を救ったペニシリンと国鉄の退職金に今でも感謝の気持ちでいっぱい(後藤君子)
父の出征後、貧乏と苦労と闘かい三人の子供を育てた母の尊い姿(牧和代)
「ボルネオ付近を通っている」とただ一通の葉書を遺して(高柳新子)
霊魂懐しのわが家に帰る(鈴木恵美子)
養蜂で切り抜けた苦しい時代もいまはなつかしい(萩野与志子)
いまでも夫の標札を玄関にかけて(犬飼冨美子)
夫も弟も失い厳しく生きる女の道(平松つぎ子)
夫が私につけた「〇点」の重み(玄森淑美)
海底に眠る悲劇のイ号一六九潜水艦から奇蹟の遺骨帰る(柴田幸男)
病院船で帰国した栄養失調の夫を一カ月看病して(桐山つまえ)
病弱な夫と残った六人の子供(高木スキ)
戦後復活した家業の人形作りと立退き問題で、苦難の日々(三枡まさえ)
夫に代わり家族を見守る庭の老松(高木はな)
戦死を信じきれず、軍靴の足音に胸をときめかせた夜(水野津多江)
香港島沖海戦で、輸送船南支那に消ゆ(柴田良雄)
生まれくる我が子に命名をして戦地にたった夫(山田ふさ子)
病院患者、輸送指揮官の任重し、退却途中病いのため山中にたおる(小川馨)
恨みは深し豊川工廠、残った一片の布切れ(小野たま子)
海に陸に戦い比島で散華した勇者(杉浦縫子)
智永千文字を遺して征った書道が好きだったあの子(中島ふじ)
ミシンと共に過ごした半生、そして今も(佐藤志まお)
あとがき(名東区社会福祉事務所・安達良幸)
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