北海道・食糧統制の五十年
- サブタイトル
- 編著者名
- 大川 信夫 編著
- 出版者
- 北海道農産物協会
- 出版年月
- 1991年(平成3年)8月
- 大きさ(縦×横)cm
- 22×
- ページ
- 482p
- ISBN
- NDC(分類)
- 611
- 請求記号
- 611/O46
- 保管場所
- 地下書庫和図書
- 内容注記
- 年表:p270-367
- 昭和館デジタルアーカイブ
第一部 北海道の食糧統制の初期から自主流通制度まで (大川信夫)
北海道の米作と自然条件、及び食糧統制前の状況
昭和初期・日本の大陸侵攻と戦時食糧統制の強化
昭和の恐慌・国内の混乱から大陸侵攻へ(戦時食糧関係法の根拠法としての国家総動員法の制定)
北海道の米流通組織の統合と再編成
新しい流通組織の模索と戦時体制の一段の強化
札幌市における公区の構想
近衛内閣の新体制
太平洋戦争開始北海道食糧営団の発足
北海道食糧営団の設立
昭和20年(敗戦の年)大凶作・大幅遅配の発生
日本の降伏GHQによる日本民主化の推進と農地解放
日本の降伏・占領軍(GHQ)による日本の民主化と食糧管理
北海道における農地解放
流通機構の改革に基づく商系集荷組合と食糧営団から配給公団の設立
系統農業会の解散・集荷は農業協同組合と業者団体へ
食糧配給公団の設立
昭和20年代前半のインフレとドッジライン(九原則の提示)
米の統制撤廃の問題起る(湯河原会議)
対日講和条約の発効とGHQの使命の完了・その後米穀業界の民営化まで
対日講和条約の発効・GHQの使命の完了とその後
28、29年の北海道における凶作に伴う人造米と精麦工場の建設、そして精麦の企業備
米穀業界の民営化
米穀業界の民営化への経過
北海道米穀業界各卸間の団結と提携についての事前協議
民営卸運営上の問題、資金及びターミナルの問題
日本経済の急激な高度成長下の人口の大移動と北海道の農業
高度成長の様相
高度成長下における人口の激しい移動の方向
人口の激動に伴う米流通の変化と小売店の動向
都市と郡部の小売店のうごき
米の増産とヤミ米の激増・小売業者間の競争の激化
道産米の“good day”の終り、品質競争の時代へ
品質競争の時代へ
米流通正常化の問題
米流通の正常化のためには商品形態の転換を(店頭精米から集中精米へ)
公団系卸とホクレン卸との協と競合について
第二部 自主流通制度の発足から入札まで (江川久洋)
第一次過剰と自主流通米の発足の時代-昭和43年から46年までの4年間-
北海道米穀小売商業組合の設立とその後の経過(44年)
自主流通米制度の創設と北海道の対応(44年)
水晶米ブランドで統一宜伝始まる(45年)
北海道における生産調整(46年)
北海道正米情報センターの発足(46年)
物価統制適用廃止と関連措置、そして第二次過剰時代-昭和47年から54年までの8年間-
物統令の廃止と関連措置(47年)
丸紅事件発生
産炭地卸の札幌進出(50年)
上限指導価格と上米志向
第二次過剰と米の消費拡大事業(53年)
水晶米のキャンペーン実施(54年)
新食管法施行と需給迫の時代-昭和54年から59年までの6年間-
米の品質検査の導入・特別自主流通米の発足(54年)
精米表示の開始(55年)
食管法の改正・新食管法の成立(56年)
北糧連民営移行30周年式典挙行(56年)
北海道のブランチ(支店)誕生(58年)
連続不作による需給のひっ迫(59年)
規制の大幅級和と競争の時代-昭和59年から平成2年までの7年間-
キタヒカリの4類格上げ(59年)
日高・留萌・後志3卸会社の統合(60年)
流通改善による販売競争の激化(63年)
自主流通米の入札取引き始まる(平成2年)
第三部 民営の中央機関「全国食糧事業協同組合連合会」(全糧連)設立と「北糧連」の関連 (大川信夫)
全糧連、設立の過程とその活動
全糧連の活動状況
全糧連委員会の活動
転換点となった昭和61・62年の米価審議会
大川米価審議会委員の報告から(昭和60年-62年までの経過について)
昭和61年の米価審議の状況
年表(昭和7年~平成2年)
統計諸表
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