図書ゲンロン トウセイカ ノ キシャ000068053

言論統制下の記者

サブタイトル1~10
朝日文庫
編著者名
熊倉 正弥 著
出版者
朝日新聞社
出版年月
1988年(昭和63年)4月
大きさ(縦×横)cm
15×
ページ
350p
ISBN
4022605014
NDC(分類)
070
請求記号
070/Ku33
保管場所
閉架一般
内容注記
『新聞の死んだ日々』(朝日ソノラマ社昭和57年刊)の増補改題
和書
目次

第一部 戦時下の新聞
政治記者になって
小磯・米内を見る
安藤正純の演説
昭和十四、五年にさかのぼって
「皇室記事」について
斎藤隆夫の議員除名
首相命令による発禁
中野正剛の「戦時宰相論」
検閲課通過後の発禁
戦時の言論統制
単純な図式化はあやまり
言論統制から言論「構成」へ
ニュースのないクラブ詰め
翼賛会・翼政・産報
商工経済会・統制会
新聞記者は何を考えていたか
記者の日常の仕事ぶり
「勝たなければ大変だ」
「海戦」ゲーム
戦争収拾の一冊の本
朝日本社の被災
軍需省のころ
まっ白なコッペパン
B29の初偵察
軍服を着た記者
警備召集
議事堂の思い出
建造物の政治的性格
金バッジ・銀バッジ
「けふの両院」
廊下の通行は禁止
防空壕のない議事堂
ガッコウ
終戦へ
鈴木貫太郎内閣を待望
原爆投下.
ヒロシマの記事はわずか四行
「市民の防空心得」
「原子爆弾」の言葉を禁止
下村総裁談と阿南陸相訓示
下村談は終戦を示唆
朝日社内の大激論
双方を並べて掲載
戦争終結
部隊できいた玉音放送
ニセ作戦命令
 
第二部 占領下の新聞
占領統治の開始
激動の時代
一億総ザンゲ論
「人間天皇」宣言への道
占領当初の新聞
天皇とマ元帥会見の写真
朝日の発行停止
模索する新聞人
治安維持法の撤廃
「天皇制」論議
経済民主化
西尾、水谷、伊藤(律)
緒方竹虎
東京裁判
「革新」
幣原内閣から吉田内閣へ
進歩党
「ニハトリとタマゴ」
野坂参三の帰国
米国の政策の一面
「革命がはじまったのか?」
吉田茂の印象
河合(良成)と高橋(誠一郎)
「生産管理」誤報
新憲法制定
「おしつけ憲法」論
独立後は消滅した記念式典
三淵の天皇退位論
松平恒雄
片山内閣から芦田内閣へ
運輸省記者クラブ
軍事公債利払い問題
国会の挿話
国民の祝日を制定
禁止された紀元節
国会の話
開院式
開会式
「カニの横ばい」
参議院について
誤解にもとづく参院論
参議院誕生までの経緯
各界の意見
職能代表制の問題
学者、文化人の少なかった緑風会
緑風会の足跡
破防法と緑風会
無所属懇談会
佐藤尚武
朝鮮戦争勃発のころ
コミンフォルム批判
共産党憎し
池田勇人の失言、放言
田中(耕太郎)最高裁長官
吉田内閣の改造
マ元帥の離日
後任のリッジウェー中将
近寄りがたいGHQ
講和条約
「じいさん」という言葉
朝日の「全面講和」論
「全面・単独・多数・早期」講和
米軍管理下の羽田空港
両条約の国会通過
 
第三部 独立後の新聞
吉田と鳩山
メーデー事件
バカヤロー解散
鳩山内閣と日ソ国交回復
北方領土の引き渡し
吉田と鳩山
小選挙区法案
岸首相の東南アジア歴訪
同行記者として
ネール首相
大国インド
中曽根という人
バンコクで
台北で
蔣総統の記者会見
「大陸反攻」発言
あとがき
文庫あとがき