戦後教育学と戦争体験
凡例
序章 戦後教育学と戦争体験の思想化
1 なぜ戦後教育学の「はじまり」を問題にするのか
2 教育科学研究会の再建と戦後教育学
3 勝田守一の教育学―戦前から戦後へ
第Ⅰ部 教育科学研究会の再建と戦後教育学─勝田守一の教育学を中心に
第1章 教育科学研究会はなぜ再建されたのか─「教育の良心」を問いながら
1 教育の危機と教育学
2 問われた倫理と平和
3 なぜ「日本教育の良心」を問題にしたのか
4 「山びこ学校」へ
第2章 再建時、教育科学研究会は平和をどのように論じたのか─上原專祿と勝田守一を中心に
1 「二つの世界の対立」をどう見るか
2 平和教育の「ためらい」にいかに応えるか─上原專祿の平和教育論
3 平和教育は「切ない問題」である─勝田守一の平和教育論
おわりに
第3章 戦後教育学における「倫理性な問い」─一九五〇年代の『教育』と勝田守一
1 戦後教育学における「倫理的な問い」とは何か
2 『教育』創刊号はなぜ「日本教育の良心」を特集にしたか
3 「子どもとともに生きる」という倫理的根拠
4 「子どもから」と「ナショナリズムの問題」
5 社会科教育論から道徳教育論へ
第4章 子ども把握と教育実践の全体構造─一九七〇年代における「教育的価値論」の深まり
1 「一九七六年方針」―経済成長と子どもの教育危機の全面的深刻化
2 子ども・教育実践・社会をつなぐ
3 青年期、学校と教師、地域と教育、戦後教育改革
おわりに
第Ⅱ部 戦争体験への問いと戦後教育学の形成
第5章 教育学はなぜ戦争責任を問わなければならないのか─五十嵐顕の教育学を検討する
はじめに
1 木村久夫と五十嵐顕―『「わだつみのこえ」を聴く』から
2 敗戦直後における「戦前教育」の批判(一九七七年の東大退職以前)―「国民の戦争責任」問題をとりあげるまで
3 戦前における「戦前教育」の批判―遺産の継承と「加害の問題」の発見
4 「レーニンの教育論」にふれて
おわりに
補論1 五十嵐顕の戦争反省とユーモア
1 なぜユーモアを交えて「回想の自分」を語ったのか
2 戦争責任とユーモアの関係
3 罪をどう語るか―モラルとユーモア
補論2 「葉書」三〇枚─五十嵐顕先生を悼む
第6章 若者を戦場に送り出す教育は、何度でも問題にする─山住正己の教育学に学ぶ
1 神々は細部に宿る
2 「述べて作らず」と普遍人類的価値の追求
3 若者を戦場に送り出す教育は、何度でも問題にする
4 政府に頼ることなく―教科書問題より
おわりに
第7章 戦後教育学における「交換の原理」と「敗戦」の問題─宗像誠也と長田新を中心に
はじめに
1 贈与の教育―「遊び」について
2 戦後教育学と「死者への負い目」
3 戦争体験と「ネーションの教育」批判
おわりに
第8章 戦後教育学における「馴化」と「敗戦」問題─堀尾輝久の場合
1 堀尾教育権論に対する後藤道夫の批判
2 「馴化」を超える実践的・理論的課題
3 大衆国家における馴化問題―戦前と戦後
4 馴化問題と戦後教育改革をどう受けつぐのか
5 馴化問題は「敗戦にどう向きあうか」へとつながる
第9章 戦争と責任と判断と─戦時下の宮原誠一を問いながら
1 戦時下の宮原誠一
2 歴史修正主義
3 理解と裁きと―『朗読者』より
4 悪の陳腐さ―アイヒマン裁判にふれて
第Ⅲ部 教育基本法「改正」問題と戦後教育学
第10章 教育基本法の精神と南原繁
はじめに
1 教育基本法改正案の問題点
2 教育基本法を生みだした精神―南原繁の思想
おわりに
第11章 ヒロシマの体験と教育基本法の理念
1 長田新編『原爆の子』について
2 大江健三郎『ヒロシマ・ノート』について
第12章 教育基本法「改正」と向きあう─その意図と対抗の立脚点
1 暴挙とねらい
2 執念と背景
3 いかに向きあうか―屈辱と威厳
第13章 教育基本法「改正」と立憲主義
1 権力拘束規範から国民拘束規範へ
2 「態度を養う」について
3 「愛国心」について
終章 災禍に向きあう教育の思想─勝田守一と石牟礼道子を手がかりに
1 災禍と戦後教育学
2 「転換期における教育学」という自覚―勝田守一の最晩年より
3 水俣病患者の人間的モラルの形成―石牟礼道子『苦海浄土』を中心に
あとがき
初出一覧