三重の「青い目の人形」と答礼人形「三重子」
- サブタイトル
- 編著者名
- 三重県歴史教育者協議会 編集
- 出版者
- 三重県歴史教育者協議会
- 出版年月
- 2007年(平成19年)7月
- 大きさ(縦×横)cm
- 21×
- ページ
- 88p
- ISBN
- NDC(分類)
- 215.6
- 請求記号
- 215.6/Mi15
- 保管場所
- 開架一般
- 内容注記
- 昭和館デジタルアーカイブ
「青い目の人形」と平和展によせて
Ⅰ.人形が見てきたこと 人形が伝えたいこと~「青い目の人形」と「答礼人形」
1.人形交流の背景~1927年ごろのアメリカと日本~
(1)移民をめぐるアメリカと日本の対立(①日本からの移民 ②アメリカでの日本人移民 ③アメリカの移民政策 ④日本人移民へのパッシング ⑤1924年にできた、新しい「移民法」の波紋)
(2)渋沢栄一氏とシドニー・ルイス・ギューリック氏(①渋沢栄一氏の活動 ②シドニー・ルイス・ギューリック氏 ③ギューリック氏の活動と挫折)
(3)人形計画(①ギューリック氏の思い ②ひな祭りにアメリカの人形を ③ユニークな人形計画 ④コンポジションドール ⑤渋沢栄一氏が日本国際児童親善会を設立)
2.アメリカから日本へ~「青い目の人形」がやって来た~
(1)「青い目の人形」として大歓迎された「友情人形」(①11975体の「友情人形」が日本へ ②「青い目の人形」と呼ばれて ③日本での歓迎 ④三重にも「青い目の人形」が ⑤三重には何体? ⑥人形の歓迎会 ⑦歓迎会の写真と「佐々木資料」 ⑧朝鮮半島にも「青い目の人形」が)
3.日本からアメリカへ~「答礼人形」が海をわたった~
(1)58體の市松人形をクリスマスに(①渋沢氏の活躍 ②最高レベルの市松人形 ③「答礼人形」が人形界に与えた影響 ④「答礼人形」がアメリカへ ⑤大歓迎の中で・・・)
(2)三重からの答礼人形「三重子」(①盛大に行われた「三重子」の送別会 ②ネブラスカ大学にある「ミス三重」 ③ネブラスカ大学にある手紙と資料)
4.戦争と人形~下端、犠牲、そして反戦・抵抗~
(1)軍国政治に利用された人形たち(①日本文化の代表・象徴になった人形 ②朝鮮半島との「ひな人形」交流 ③「満州国」との人形交流)
(2)アジア太平洋戦争の中で(①「敵国人形」になった「青い目の人形」 ②善意と勇気で守られた「青い目の人形」 ③「答礼人形」のその後)
5.現存する三重の「青い目人形」など
(1)伊藤末一さん
(2)明小学校
(3)新町小学校
(4)川合小学校
(5)豊地小学校
(6)中島幼稚園
(7)越賀小学校
(8)河合小学校
(9)花垣小学校
(10)日本で作られた「青い目の人形」
6.今も広がる人形交流~おわりに~
Ⅱ.青い目の人形「グレースちゃん」の授業に取り組んで
1.ねらい
2.指導計画
3.指導について
4.授業のようす
(1)「グレースちゃん」と初めて見たとき
(2)ギューリックさんの手紙を読んで
(3)日本の子ども達が送った手紙を読んで
(4)こわされた人形たち
(5)人形を守った人々
(6)第一次・第二次の学習を終えた感想
5.「友情の人形」(教育出版:小学道徳6年)を教材にして
(1)戦争前:ギューリック博士が平和を願った時
(2)戦争中:人形がこわされたり焼かれたりした時
(3)戦後:人形が里帰りをした時
(4)感想より
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