図書オオイタ ノ クウシュウ000063394

大分の空襲

サブタイトル1~10
編著者名
大分の空襲を記録する会 [編]
出版者
大分の空襲を記録する会
出版年月
1975年(昭和50年)8月
大きさ(縦×横)cm
21×
ページ
346p
ISBN
NDC(分類)
219.5
請求記号
219.5/O34
保管場所
閉架一般
内容注記
年表あり
和書
目次

大分空襲羅災区域図

はじめに 大分の空襲を記録する会会長(加藤知弘)
平和の礎石となってこそ 作家・東京大空襲著者(早乙女勝元)
大分空襲の発刊に寄せて 大分市長(佐藤益美)
大分空襲の全容 編集委員会
初空襲―夜間大空襲―おびえる市民―上空敵影なし―おびただしい犠牲―県下への攻撃情況

軍事施設と空襲
大分航空隊―横須賀航空隊と大分分遣隊―第十二海軍航空廠―高城発動機工場―理研工場―春日浦分工場―東京第二陸軍造兵廠坂ノ市製造所―鶴崎の日本染料―竹田に疎開した中島製粉機―西日本ゴム及び人造羊毛―旭製紙と風船爆弾―西大分の富士紡―大分周辺の高射砲陣地―下戸次の隠し飛行場―海軍工員宿舎―糸口山の陸軍造兵廠―大神深江港の「回天基地」―回天基地の朝鮮人―空母「海鷹」と日出町―日鉱佐賀関製錬所―千歳村の隠し飛行場―佐伯航空隊―宇佐航空隊―逆さにふき出した丹賀の砲台―血に染った取締船「はやぶさ」-高島砲台―大島の海軍

戦時下の県民体験
衣料切符と市役所係員の回想―食糧統制と市役所係員の回想―ある機関士の戦中日誌―学徒動員―鶴中の動員学徒―三重高女の射爆班―別府中学-動員学徒らの死―第三工場魔の一発―立ちしょんべんの人―特配の草パン―大中の慰霊碑―爆弾で埋まった初瀬井路―学童疎開―防空演習‐ある機関士の歌声―血染めの機関車―標高七五五メートル―今津留の強制疎開―さすらいの徴用無宿―捕虜二題―空中戦―第十二航空廠報告団日誌―滝尾の横穴防空―餅田の横穴壕―口戸の横穴―駄の原の横穴

県民の被爆体験
三月十八日―初空襲大戸さんの証言―少年従兵と軍刀―大分分遣隊が廃止―佐藤一心さんの終戦記録―津留村の恐怖―岩さんの話―裏川尻―霊安所の通夜―中島小学校(板井訓導の記)―日豊線をグラマンと道連れ

三月二十七日―空襲下の卒業式

四月二十一日―まぼろしの万才―金池の時限爆弾―大在上志村の爆弾記念会―飛行場は穴だらけ

五月七日―寛じいさんと時限爆弾―焼夷弾とぞうきん

五月八日―中島小学校の奉安殿横の時限爆弾―檜物町の一撃

七月十六日―目の不自由な子供たち―二度引きあてた戦災一家―その夜の西新町―上田先生一家の受難―焼失した一丸デパート―新聞報道から―市民のみなさん健闘を祈ります―絶句の大分放送局―父の葬儀の翌日―バケツ片手に―幻の男の子―勇敢なる酔っぱらい大商を死守―三八式銃の末路―娘二人をかばったが―ありし日の友―焼失した中島小学校―県庁の防空班―大分駅東部信号所―傷の中から火がふく―スズメになりたい―一軒屋も丸焼け―失語―七月十六日焼夷弾の範囲―青少年農兵隊

七月二十八日~三十一日―朝地駅の銃撃―爆弾掘り

八月十日―最後の焼夷弾攻撃―一家七人がムシ焼き―ホームに降り立った原爆兄弟

八月十五日―ひる顔の花―第十二海軍航空廠の告別式

宇佐・国東・佐伯・保戸島
燃える宇佐―無宿のパイロットたち―宇佐航空隊の海軍集会所―中津中学―雀の巣をくれた少年兵―僕らの町も戦場だった―田んぼの中の立ち話―糸口山のリンチ―畑田の戦災記録―国東の無差別爆撃―佐伯(ある佐伯市職員の日誌)―東九州の軍事拠点佐伯―養賢寺の地蔵尊―地獄の保戸島―虫が知らせた休暇―保戸島の女子監視隊―投弾を見ていた分会長―血に染まった保戸島小学校

手引き
あとがき
年表
編集後記