PANA通信社と戦後日本
はじめに
第一章 ヴェトナム戦争とPANA通信社―戦場を駆け抜けたフォトジャーナリスト・岡村昭彦
生い立ち/活動家としての遍歴/PANAとの出会い/東南アジア行き/南ヴェトナムへ/ヴェトナム取材と『ライフ』への掲載/『南ヴェトナム戦争従軍記』の執筆/大ブーム/PANAとの軋轢/解放区の取材/「デスク」からの手紙/Dゾーンへの出発/囚われの四三日間/
フィン・タン・ファット/国際フォトグラファーへ
第二章 六〇年代のPANA通信社―戦後写真報道と近藤幹雄の挑戦
生い立ち/東京写真工業専門学校/サン・ニュース・フォトス/朝鮮戦争取材/釜山録音テープ没収事件/PANA退社とユニオン商事/トップ屋集団「東京ペン」/PANAの社長になる/東京オリンピック/ヴェトナム戦争と岡村昭彦/PANA通信社の仕事/時事通信社による買収/その後
第三章 時事通信社の「太平洋ニューズ圏」構想―アジア報道の盟主へ・長谷川才次の野望
生い立ち/新聞連合社/同盟通信社の誕生/スクープ/Close Domei/「同盟」の解放/スモール・ビギニング/共同通信社の「アジア・ニュース・センター」構想/長谷川の反論/頓挫/『太平洋共栄圏特報』/PANA通信社/「太平洋ニューズ圏会議」/「骨組み成る」/
「大躍進」/退陣
第四章 GHQ占領下でのPANA創設―敗戦国日本にやってきたジャーナリスト・宋徳和
生い立ち/パナイ号事件/中央通訊社/香港のブラック・クリスマス/唯一の中国人従軍記者/サイパン・硫黄島の戦い/「かわいそうなノーマン」/東京特派員/「白洲次郎から勧められて会った男」/日本国憲法と二人のノーマン/
「日本の指導層で宋徳和君を知らぬ人は少いだろう」/PANA創設/有楽町・朝日新聞社ビル六階で/PANAの最盛期/『アジア・マガジン』の創刊と離日/
第五章 シンガポールのPANA通信社―日星の架け橋へ 東南アジア総局長・陳加昌
生い立ち/昭南日本学園/日本占領下の生活/「朕オモウニ・・・」/新聞記者になる/宋徳和との出会い/激動の東南アジア/PANA東京のこと/岡村昭彦のこと/時事通信社と「太平洋ニューズ圏」/『PANAニュース』創刊/『PANAタイムズ』/
終刊―「星・日―夢のかけ橋に終る・・・」
終章 PANA通信社とは何であったか
参考文献
あとがき