四街道町史 兵事編 上巻
- サブタイトル
- ラ・マルセーズ合唱物語
- 編著者名
- 栗原 東洋 著
- 出版者
- 四街道町役場総務課
- 出版年月
- 1976年(昭和51年)11月
- 大きさ(縦×横)cm
- 22×
- ページ
- 301p:図
- ISBN
- NDC(分類)
- 213.5
- 請求記号
- 213.5/Ku61/1
- 保管場所
- 閉架一般
- 内容注記
- 昭和館デジタルアーカイブ
まえがき―「雲のじゅうたん」の時代に寄せて―
一 兵事史編纂の中から
学友・下山田中尉の消息を尋ねて
『一億人の昭和史』の表紙写真に驚く
二 埋れたラ・マルセーズ合唱の発掘
小島啓三郎先生を訪ねる
小泉りょう先生を訪ねる
大島先生のこと
石丸みつ先生
鈴木先生
ラ・マルセーズ手ほどきの千葉高女
町を挙げての歓迎会
記念行事の主体を追跡する
四街道と写真の伝統
三 黎明期のわが航空界
当時の日本の航空界
所沢陸軍飛行学校からの歴史
宙返りのスミス飛行士
動き始めた民間航空
四 フランス航空使節団の来日
日本とフランスの航空界
使節団の来日と受け入れ
飛行教官と中堅幹部
下志津が原での教習
霞ヶ浦と海軍航空隊
飛行機の製作
五 航空使節団とフランスの教師たち
フランス大使館への照会
大使館を訪ねる
六 当時の教習生たち
指導教官
片山中尉を訪ねる
笠原幸雄中尉を訪ねる
七 下志津飛行学校
「下志津飛行学校歴史」の探索
下志津飛行学校の開設
『学校歴史』から
飛行機から防空へ
祝賀飛行など
特攻出撃の若武者たち
学校の校長と職員たち
戦後の変貌
八 日仏交歓の大合唱会まで
ラ・マルセーズとその楽譜を探して
口ずさむ老人たち
なつかしの同窓会
現役の生徒たち
日仏交歓の記念行事
あとがき
近刊予告
兵事史中巻目次
兵事史下巻目次
写真
アンリー・ファルマンとモーリス・ファルマン式(『飛行機100選』による)
下志津飛行学校の大格納庫と飛行機
「よつかど」に近い新装の小深八幡(51年9月撮す)
「一億人の昭和史」の表紙に見る四街道小学校の子供たち
鎌倉の小泉宅の姉弟
石丸先生と家族からの通信
下志津原のサルムソン
若き日の宮城先生と、和彦さんからの手紙
花束を手にした日仏の将校たち(当時の記念絵葉書から)
変貌する夫婦坂と鈴木巡査殉職の記念碑
下志津飛行学校の飛行機
四街道駅ホームに運ばれてきた飛行機(大正末頃のこと)
「竜口のはるさめ」の紙袋
大正8年4月完成の伊藤式鶴羽二号(時速最高120キロ)
下志津飛行学校の飛行機
下志津が原に集まった民間飛行家たち
女流飛行家兵頭さんの若き日の姿(下志津が原にて) (上)飯田一等木工長 (下)所沢飛行場にて
フランス航空使節団による教習の動静
写真のコアダッツ少佐と通信のヴァネルゼーク中尉
名前は判らないが当時の将校さん夫妻
フランス大使館にて、左端はメール大佐、右端井の口教授
秩父宮を迎えて説明の浅田少佐(立ち合いは初代校長の本城大佐、大正10.5.7)
下志津飛行学校の写真班の建物(昭和4.5年頃)
ソ連イルクーツク旧市街の丸太造りの民家と市庁舎前の噴水
手振り身振りの片山さん
そんな昔のものがねェと、眼鏡を掛ける片山さん
フレームの中の笠原さん
掘りゴタツの笠原さん
嵯峨菊(上段)と肥後菊(下段)―平凡社の『園芸植物』による―
フランス大使館での打ち合せ
下志津陸軍飛行学校歴史の表紙
市ヶ谷の防衛研修所戦史部の事務所(旧陸軍士官学校の建物とか)
戦史部の書庫(314㎡、昭和35年5月竣工)
下志津飛行学校長(初代、本城大佐・二代、四天王大佐・三代、荒蒔少尉・航空本部長井上大将)
四街道町の防空演習と防空隊(駅前にガス弾・頑張ってねェ・今でもお元気ですか)
空中戦見えますか? 何時のものだか判りませんが
長岡の情死供養(昭和51年6月6日撮す)
この飛行機に八百万の神々の御加護を!
カラフトのオロッコの人たちと養狐場
タイ国から受賞の石川曹長と出撃直前の英姿
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