モダン・ラプソディー
- サブタイトル
- 哀愁の昭和誌
- 編著者名
- 白浜 研一郎 著
- 出版者
- 健友社
- 出版年月
- 1992年(平成4年)11月
- 大きさ(縦×横)cm
- 20×
- ページ
- 243p
- ISBN
- NDC(分類)
- 775
- 請求記号
- 775/Sh81
- 保管場所
- 地下書庫和図書
- 内容注記
- 年表あり
- 昭和館デジタルアーカイブ
1 軟派不良少年は夢をむさぼり
〔1930~1937〕
♪夕ぐれに…かがやく青空
B級映画、チャンバラ、冒険活劇映画に熱中
創作舞踊という「肉体言語」に目ざめる
モダン坊さんの舞踊家が大活躍
誘惑的な漂泊の流行歌
北九州にモダン・ダンスの風が吹く
非日常的な演劇の魅力―すわらじ劇団
山はないのに「山を登る」、雨は降らないのに「俄雨」
レビュー―ターキーに酔い
昔の唄 甘い唄―サーカスの少女
号外の鈴鳴りひびき―思いは東京へ、父は戦場へ
2 憧れの都会〔大阪〕、されどされど
〔1937~1941〕
ピエル・ボウイズに心ウキウキ―フリーター稼業点々
ダンスホールの外でジャズの立ち聞きをした
心斎橋の上で学生を滅多打ちにする軍人―大陸侵略への二拍子・行進曲
時代劇スター・酒井米子らの国策宣伝劇に出演―ダンスホール閉鎖
「演劇」は黒衣を着せられた
東京への脱出ならず
月収二十五円、ギリギリの生
コトバに階級ができていた
黒い霧たちこめる
3 戦争まっただ中、演劇疾走へ
〔1943~1945・3月〕
おお東京!瑞穂劇団
三島雅夫の扮装術、丸山定夫の演技術
皇居と陸軍省の傍で鍛成会
最高裁はもと陸軍省だった
演技指導をしていると自分の演技力がへる(丸山定夫)
自然回帰の運動―ドイツのノイエタンツで肉体訓練
恥じらいながらのステテコ・ダンス
いざ出陣、移動演劇隊
名誉団長は有馬頼寧伯爵
甘いもの大いに欠乏の時代である
全員が裏方、全員が俳優だった
甘いもの欠乏時代に甘党が育った
オシッコをした馬のはなし
男優たちは兵隊にとられていった
「侠客ものをやれ」といった村
銀座を歩けば百姓劇団
作家・里見弴の身代わり、かくれ演出の千田是也
舞台に向かって訣別の敬礼―戦場へ行く友
『高原農業』公園、劇中の人物に情熱を賭けた戦争末期
徳島公演〈検閲台本〉の一件
二重、三重の統制下に置かれた演劇
男優不足で舞台は〝黒いタカラヅカ〟
日本舞踊で『真珠湾』を踊る
『農兵節』ならドウジャイ
宿のシーツと枕カバー
酒が甘味料になるころ
〈モミモミ屋開業〉のこと
4 行進曲はたそがれて―終戦―
〔1945・4月~8月10日〕
東京よさらば―だ
御殿場―富士の裾野へ逃亡
移動劇団の名は〈芙蓉隊〉
胃袋も魂もしなびけり
三度、米軍の機銃掃射に見舞われたが……
5 狂気のラプソディー・イン・ブルー
〔1945・8月15日~1982〕
戦争は終わったけれども……
空襲のない月夜に歌いまくった思い出
〈堕ちよ生きよ〉の『堕落論』(坂口安吾)
『人間失格』(太宰治)とベルギーの俳優
絶望と希望の船出・映画と舞台の『商船テナシティー』
蔵書を売りバレエ『白鳥の湖』を見た
三木のり平とパンの切れ端
居酒屋で絶妙な〝森繁節〟を聞く
スター・バレリーナ―フォンティンとプリセッカヤは美の女神に思えた
『ゴドーを待ちながら』(ベケット)―アテにならない人生の不条理劇
笑わせたコトバの不条理、イオネスコの作品―パリ〈ユシエット座〉の来日
コトバの破壊と再構築へ
フラメンコに狂いジャズに酔い
「書斎派演劇」から「アウトドア―演劇」へ
七人の娘たちの劇団
ラプソディー、果てしない疾走へ
あとがき
参考資料
哀愁の昭和誌・小年表
資料の利用については4階 図書室のご利用にあたってをご覧ください。
- 担当:
- 図書情報部 図書係
- 電話番号:
- 03-3222-2573
- FAX:
- 03-3222-2626

