青森県史 資料編 近現代4
口絵
序
凡例
編集および解説執筆の分担
総説
第一章 昭和恐慌下の政治と社会
解説
恐慌下の県政と政党の動き
社会運動の攻防
軍縮の時代から満州事変へ
東北振興と青森県
第二章 恐慌下の諸産業
解説
金融危機と銀行合併
運輸・通信網の整備
商業的漁業の発展
商工業の停滞と活路
第三章 恐慌・災害下の農村と都市
解説
凶作・災害と対策
頻発する小作争議とその対策
農産漁村経済更生運動の展開
不況下の年
第四章 大衆社会の光と影
解説
大衆文化の開花
恐慌下の世相
出稼ぎと職業紹介所
恐慌下の教育
第五章 十和田湖開発と国立公園指定
解説
十和田国立公園指定と観光開発
十和田湖水利用と景観保存運動
描かれた十和田湖
第六章 総動員体制の構築
解説
戦時下の県政と市町村
日中戦争の本格化と陸海軍
満州への動員
産業社会基盤の要塞化
第七章 資源の開発と統制
解説
戦時農業統制とりんご・馬産
水産資源利用の展開
戦争資源としての森林
戦時資源の開発
第八章 戦時下の教育と文化
解説
戦時教育の様相
戦時下の社会教育
戦時下の文化
第九章 「北の要塞」の確立と崩壊
解説
太平洋戦争下の県政と市町村
統制から総動員へ
戦時下の開発計画と構想
「北の要塞」と「帝国」の終焉
第十章 銃後に生きる人々
解説
戦時下のくらし
銃後の女性たち
統制される宗教
青森県史編さん関係者協力者一覧(五十音順)
口絵・各章とびら絵・挿絵・しおり・目録
《口絵目録》
1 崩壊した「北の要塞」 一九四五年八月一〇日 『青森大空襲の記録(改訂版)』 青森空襲を記録する会
2 都市文化の開花 昭和戦前期 平田耕悦氏所蔵
3 青森駅到着の秩父宮夫妻 一九三五年八月一〇日 森山慶一氏所蔵
4 満州事変と県会の開会 一九三一年一一月二七日 『満州派遣将士慰問写真帖』 青森県史編さん室
5 戦艦「陸奥」の甲板で 一九二八年八月二二日 矢川元氏所蔵
6 出征兵士を和ませる余興活動 一九三一年 『満州派遣将士慰問写真帖』 青森県史編さん室
7 歩兵第五連隊の満州派兵 一九三一年一一月一四日 『満州派遣将士慰問写真帖 第二輯』 青森県史編さん室
8 出征兵士に送る笑顔 一九三一年 『満州派遣将士慰問写真帖』 青森県史編さん室
9 金融恐慌と流言の取締 一九三一年一一月二五日 森山慶一氏所蔵
10 弘前無尽青森出張所 大正末期~昭和戦前期 みちのく銀行
11 電話局交換事務の現場 一九三二年一月二六日 平田耕悦氏所蔵
12 青函連絡船と貨車搬送 一九三三年 『青森港湾史』 青森県史編さん室
13 五戸駅と五戸鉄道 一九四〇年 『青森県綜観』 青森県史編さん室
14 ワダカンしょうゆのラベル 一九二四年 『奥羽大観』 青森県史編さん室
15 磐城セメント工場 一九三二年 『八戸の風光』 弘前市立図書館
16 築港されゆく八戸 一九三二年 『八戸の風光』 弘前市立図書館
17 八戸魚市場の活況 昭和戦前戦中期 青森県史編さん室
18 「やませ」の脅威 一九三〇~三五年 『資料(災害)青森県』 国立公文書館
19 雪害の労苦 一九三三年一月中旬 『雪害問題政治的解決記念写真帖』 青森県史編さん室
20 劣悪な住居 一九三六年七月三〇日 工学院大学図書館
21 津波をもたらした大地震 一九三三年三月三日 『験震時報 第七巻第二号』 青森県史編さん室
22 津波で倒壊した家屋 一九三三年三月下旬 『験震時報 第七巻第二号』 青森県史編さん室
23 線路間際に迫る水の奔流 一九三五年八月下旬 矢川元氏所蔵
24 浸水した部屋で執務する 一九三五年八月二五日 『青森県水害実記』 青森県史編さん室
25 郷蔵の復活 一九三五年一月三日 工学院大学図書館
26 副業としての莚織 一九四〇年 『青森県綜観』 青森県史編さん室
27 冷害研究資料館 青森県農林総合研究センター藤坂稲作研究部 二〇〇四年七月二八日 田中貴子撮影
28 改善前の台所 一九三七年 『財団法人東北更新会施設事業概況』 国立国会図書館
29 改善後の台所 一九三七年 『財団法人東北更新会施設事業概況』 国立国会図書館
30 青森市の商店街を描いたすごろく 一九三六年一月一日 『福徳円満寿呉録』 石戸谷勉氏所蔵
31・32 県都青森の昔と今 昭和戦中期 青森県史編さん室 現在の風景 二〇〇四年八月一〇日 森山潤子撮影
33・34 軍都弘前と学都弘前 一九四〇年 『青森県綜観』 青森県史編さん室 現在の風景 二〇〇四年一一月二四日 森山潤子撮影
35・36 昭和新興都市八戸の変遷 昭和戦前戦中期 青森県史編さん室 現在の風景 二〇〇四年一一月一三日 宮本利行撮影
37 和洋混在だった女性のファッション 一九三五年前後 平田耕悦氏所蔵
38 水木音彌のコンサートポスター 昭和戦前期 みちのく歴史人物資料館
39 「カフェー」に通う男 昭和戦前期 平田耕悦氏所蔵
40 ピアノの伴奏でダンス 一九三三年 『蛍雪』 小山田セツ氏所蔵
41 『東奥日報』主催の婦人問題座談会 一九三五年九月一五日 『東奥日報』(九月一六日付夕刊) 東奥日報社
42 愛国婦人会が運営した託児所 昭和戦前戦中期 中里進氏所蔵
43 黒留袖を着た花嫁 昭和戦前期 野村英夫氏所蔵
44 当時は珍しかった内掛姿 昭和戦前期 野村英夫氏所蔵
45 振袖姿の花嫁 昭和戦前期 野村英夫氏所蔵
46・47 髪と着物を確かめながら 昭和戦前期 野村英夫氏所蔵
48 結い上げた髪を写す 昭和戦前期 野村英夫氏所蔵
49 髪も衣装も洋風で 昭和戦前期 矢川元氏所蔵
50 ウェディングドレスを着て 昭和戦前期 矢川元氏所蔵
51 和装和風でおしゃれも 昭和戦前期 矢川元氏所蔵
52 ドレスアップして 昭和戦前期 矢川元氏所蔵
53 国立公園に制定されたころの子ノ口 昭和戦中期 青森県史編さん室
54 現在の子ノ口 二〇〇四年八月二二日 森山潤子撮影
55 和井内養魚場 昭和戦前期 青森県史編さん室
56 十和田湖を紹介したパンフレット 大正末期~昭和戦中期 青森県史編さん室
57 南八甲田の秀峰 乗鞍岳 昭和戦中期 青森県史編さん室
58 酸ヶ湯温泉の混浴大浴場 昭和戦中期 青森県史編さん室
59 地域の文化遺産―役場文書― 昭和戦前戦中期 黒石市役所
60 中国戦線で戦う郷土部隊 一九三七年一〇月一日 『支那事変郷土部隊画報 第一輯』 青森県史編さん室
61 「満州国」に作られた「青森村」 一九四四~四五年 三戸町立図書館
62 夢を託した満州開拓 専念寺 二〇〇四年一一月一九日 須藤弘敏(文化財部会)撮影
63 『東奥日報』の軍用機献納運動 一九四〇年五月一一日 『山田金次郎小伝』 東奥日報社
64 青森市柳町での農会市場 昭和戦前期 『系統農会発達史』 青森県史編さん室
65 東北振興水産株式会社の缶詰作業 一九四〇年 『青森県綜観』 青森県史編さん室
66 活気を見せるりんご撰果場 昭和戦前期 『青森県の林檎』 青森県史編さん室
67 七戸産馬畜産組合の品評会 大正末期~昭和戦前期 故米内山正躬氏所蔵
68 野辺地営林署貯木場での作業風景 一九三九年六月 清水目秀雄氏所蔵
69 現在の上北鉱山 二〇〇三年五月三一日 當麻和子撮影
70 日本特殊鋼管株式会社の大湊工場跡 二〇〇三年八月一日 森山潤子撮影
71 三戸国民学校の入学式 一九四二年四月一日 三戸町立図書館
72 りんご園への勤労奉仕 昭和戦中期 坂本登氏所蔵
73 弘前陸軍病院を慰問公演するディック・ミネ 昭和戦前戦中期 山部俊夫氏所蔵
74 出征兵士への慰問品作り 一九三七~三八年 『支那事変郷土部隊画報 第一輯』 青森県史編さん室
75 奉安殿 昭和戦前戦中期 中里進氏所蔵
76 慰問袋の中身 一九四三年 長内哲夫氏所蔵
77 国民服・学童服に身を包んで 昭和戦中期 長谷川春美氏所蔵
78 出征祝の記念撮影 一九三九年 森山豊氏所蔵
79 青森(油川)飛行場 昭和戦前期 矢川元氏所蔵
80 幻の大間鉄道 二〇〇三年七月三一日 佐藤良宣撮影
81 当時はまだ珍しかったガソリンスタンド 一九三八年前後 森山慶一氏所蔵
82 大木の供出 一九四三年四月一九日 工藤一男氏所蔵
83 国防献金の街頭募集 一九三七~三八年 『支那事変郷土部隊画報 第一輯』 青森県史編さん室
84 津軽為信像の「出陣」 一九四四年八月八日 弘前市
85 攻撃される青函連絡船 一九四五年七月一四日 『青森大空襲の記録(改訂版)』 青森空襲を記録する会
86 襲撃を受ける八戸港 一九四五年七月一五日 『青森大空襲の記録(改訂版)』 青森空襲を記録する会
87 狙われた「北の要塞」 一九四五年八月九日 『青森大空襲の記録(改訂版)』 青森空襲を記録する会
88 焦土となった青森市街 一九四五年九月二五日 『青森大空襲の記録(改訂版)』 青森空襲を記録する会
89 上陸する進駐軍 一九四五年九月二五日 『青森大空襲の記録(改訂版)』 青森空襲を記録する会
90 占領された青森県 一九四五年九月二五日 『青森大空襲の記録(改訂版)』 青森空襲を記録する会
91 警防団の活躍 昭和戦中期 葛西良博氏所蔵
92 衣料切符 一九四四年 松井孝導氏所蔵
93 街頭での竹やり訓練 一九四三年四月三日 中里進氏所蔵
94 青森県へ向かう車中で 一九四五年六月 品川区立品川歴史館
95 青森県での疎開体験 一九四五年六~八月 品川区立品川歴史館
96 大鰐温泉に滞在した疎開児童たち 一九四五年六~八月 品川区立品川歴史館
97 勤労奉仕に従事する女学生 一九四二年一〇月 三戸町立図書館
98 小湊セツルメントを訪れた羽仁もと子 一九三七年五月二二日 青森友の会
99 羽仁もと子考案の家計簿 一九四二年一〇月二〇日 青森友の会
100 赤十字活動に従事する 一九三八年 『支那事変郷土部隊画報 第一輯』 青森県史編さん室
101 英語の授業を受ける 一九四〇年 『第三十一回卒業記念』 長谷川春美氏所蔵
102 級友たちと 一九四〇年 『第三十一回卒業記念』 長谷川春美氏所蔵
103 千人針に思いを込めて 一九四〇年 『第三十一回卒業記念』 長谷川春美氏所蔵
104 本土決戦に備えて薙刀訓練 昭和戦中期 萌出忠男氏旧蔵 野辺地町立歴史民俗資料館
105 競馬場で催されたオートバイレース 昭和戦前戦中期 葛西良博氏所蔵
106 日食を見る 一九三六年六月一九日 荻原洋一氏所蔵
107 照明コンクールに参加した薬屋 一九三七年八月 『第三回商店照明競技会写真帖』 青森県史編さん室
108 市民挙げての雪切作業 一九四一年二月二五日 荻原洋一氏所蔵
《各章とびら絵目録》
総説 出征を前に 一九三九年 小山田セツ氏所蔵
第一章 町会議員の選挙風景 一九二九年五月 松尾道郎氏所蔵
第二章 県民待望の青森築港 昭和戦前戦中期 青森県史編さん室
第三章 青森県を窮地に陥れた大水害 一九三五年八月二三日 『青森県水害実記』 青森県史編さん室
第四章 大衆文化の象徴だった活動写真 一九二五年七月一三日 苫米地良一氏所蔵
第五章 十和田湖のヒメマス漁 大正末期~昭和戦前期 青森県史編さん室
第六章 「愛馬の日」の大行進 一九三九年四月七日 森山慶一氏所蔵
第七章 山林資源の供出 一九四三年六月 東北森林管理局
第八章 軍事教練に打ち込む女学生 一九四三年四月三日 中里進氏所蔵
第九章 空から見た「軍都」弘前 一九三五年前後 『秩父宮雍仁親王殿下御在職記念御写真帖』 中里進氏所蔵
第十章 大日本国防婦人会の廃品回収 一九三七~三八年 『支那事変郷土部隊画報 第一輯』 青森県史編さん室
《解説挿絵》
第三章 「昭和十年大水害」の救済活動 一九三五年八月二二日 みちのく銀行
第四章 レストランで食事 一九三七年 『昭和一二年 東奥年鑑』 東奥日報社
第五章 国立公園指定前後の休屋 昭和戦前戦中期 青森県史編さん室
第九章 傷痍軍人青森療養所 一九三九年 青森県史編さん室
《資料挿絵》
第二章 青森製氷会社の砕氷場 昭和戦前戦中期 『工場案内』 青森県史編さん室
第三章 「北の要塞」大湊の街並み 昭和戦前戦中期 中里進氏所蔵
第四章 少年赤十字団の清掃活動 一九三三年一〇月三一日 三戸町立図書館
第五章 奥入瀬渓流銚子大滝 昭和戦中期 青森県史編さん室
第六章 ①埋立前の八戸港 昭和戦前期 青森県史編さん室
第六章 ②埋立中の八戸港 一九三七~三九年 中里進氏所蔵
第七章 日本特殊鋼管株式会社の砂鉄発掘作業 一九四〇年 『青森県綜観』 青森県史編さん室
第八章 軍事教練としての健民運動 一九三五年前後 葛西良博氏所蔵
第九章 降伏調印式 一九四五年九月九日 『青森大空襲の記録(改訂版)』 青森空襲を記録する会
第十章 青森県護国神社 昭和戦中期 青森県史編さん室
《しおり》
青森県凶作被害図 一九三四年一〇月一〇日 『青森県水稲冷害歩合分布図』 国立公文書館
細目次(資料目録)
第一章 昭和恐慌下の政治と社会
恐慌下の県政と政党の動き
県の恐慌対策
財政整理緊縮に関する訓令 一九二九年八月一七日
市町村長会議における宮本貞三郎知事訓示要項 一九三二年一月三〇日
農産漁村経済更生計画 一九三二年一一月二日
青森県凶作対策委員会の救済策 一九三四年
生活改善運動の展開
青森県更生運動実施要項 〔一九三二年〕
国民更生懇談会協定事項 〔一九三二年〕
生活改善申合規約準則 一九三五年
東北生活更新会の設立要旨 一九三五年
既成政党の動向
政友会青森県支部総会 一九三〇年一二月一四日
南郡政友会分所総会 一九三二年二月四日
民政党青森県支部役員会 一九三三年二月二六日
民政党青森県支部総会 一九三五年一月一五日
無産政党の動向
労農党主催の町民大会 一九二七年一二月二五日
青森県全無産団体協議会の成立 一九二九年七月一五日
無産政党に関する論説 一九二九年九月五・一五・二五日
青森県三党合同協議会 一九三一年九月一一日
労大党青森県連の創立 一九三一年一〇月一五日
立憲青年党と産業組合党
立憲青年党南郡支部の結党 一九二五年一一月二五日
青森産組党準備会への弾圧 一九三五年七月二二日
社会運動の攻防
社会運動団体の動向
陸奥興国同志会の創立宣言 一九三一年一二月
県内の社会運動情勢 一九三七年一~六月
労働争議
淡谷製材所争議 一九二八年六月一五日
五戸電鉄人夫争議 一九三〇年三月一九日
五戸電鉄人夫罷業 一九三〇年四月九日
東北印刷争議解決 一九三一年六月一七日
八戸無料診療所の救済活動 一九三五年二月四日
漁連紛争と青森商工会議所の調停 一九三八年二月一九日
麻真田製造工場の操業休止 一九三八年二月二一日
警察の動向
警察制度のあり方 一九二八年一月五日
外諜防衛の栞 一九三八年
電灯料値下運動
八戸市の電灯値下運動 一九二九年一〇月二八日
電灯料値下期成同盟準備会の要求 一九三〇年一月一五日
電灯料値下期成同盟会の運動方針 一九三〇年三月一二日
電灯料値下運動の拡大 一九三〇年四月一日
赤化事件
第三次青森県共産党事件 一九三三年一月一九日
青森県最初の転向声明 一九三三年九月一八日
青森県教育界の赤化 一九三三年一一月二八日
全農左派の検挙 一九三四年一二月四日
日中戦争に対する左翼の反戦活動 一九三八年五月
学生運動
弘前中学校ストライキ声明書 一九三一年一〇月二一日
弘前中学校ストライキの原因 一九三二年一一月四日
軍縮の時代から満州事変へ
軍縮の夢と現実
ジュネーブ軍縮会議の開催 一九二七年六月二〇日
パリ不戦条約の調印 一九二八年八月二八日
ロンドン軍縮会議の開催 一九三〇年一月二一日
ロンドン軍縮会議と緊縮財政 一九三〇年四月六日
鳴海才八「ロンドン条約に断然反対す」 一九三〇年七月五日
鳴海才八「何をか侵略と云ふ」 一九三〇年八月一五日
秋田雨雀「侵略の意義について」 一九三〇年八月二五日
軍靴の跫音
第八師団の「満州」守備出兵説 一九二八年一月二四日
尻屋崎・竜飛岬砲台の築城見合わせ 一九二九年五月一日
第八師団の灯火管制 一九三〇年二月五日
航空隊の設置 一九三〇年六月四日
大陸派遣隊の帰還 一九三〇年六月二五日
第八師団の「満州」移転問題 一九三一年七月三日
「満州」の戦火
第八師団の「満州」派遣 一九三二年四月六日
地方馬の一斉調査 一九三二年八月二二日
歩兵第三一連隊の岩手県移転運動 一九三四年一月一二日
除隊者に対する告辞 一九三四年五月三〇日
北洋の緊張
駆逐艦のカムチャツカ派遣 一九二八年三月二七日
「神宮丸」「神栄丸」の抑留 一九二八年五月二〇日
ロシア監視船の「川崎船」抑留 一九二八年六月六日
出稼漁夫に対する赤化宣伝計画 一九二八年九月一六日
領海一二海里説 一九二九年一二月一七日
ロシア蟹工船の出漁 一九三〇年一月一八日
北洋をめぐる日ロ関係の悪化 一九三〇年三月一日
邦人漁業に関する在日ソ連邦大使覚書 一九三〇年六月一六日
ロシア船の日本船に対する発砲 一九三〇年六月二六日
ロシア船の発砲と駆逐艦「松風」の急航 一九三〇年六月二八日
ロシアの北洋進出 一九三〇年七月一六日
駆逐艦「松風」の状況 一九三〇年七月二六日
「松風」のカムチャツカ警備任務完了 一九三〇年八月一五日
銃後の形成
在郷軍人動員に対する反対意見 一九二七年一一月二日
第八師団管下在郷軍人の大演習 一九二八年五月一四日
青年訓練所員の総動員 一九二八年五月一五日
満州派遣軍への激励 一九三一年一二月五日
犒軍義会義金の拠出 一九三一年一二月
報国青森号献金に対する篤行美談報告 一九三三年一一月四日
東北振興と青森県
東北振興実現運動
東北各地各界から東北振興会への要望 一九三三年一一月二二日
『東奥日報』の活動
凶作義捐金の募集 一九三一年一一月二九日
三陸大津波の災害義捐金募集 一九三三年三月五日
凶作座談会の開催 一九三四年一一月二〇日
青森県救済振興策の督促 一九三五年一〇月一〇日
東北の主張
新潟県の東北振興運動 一九三五年七月一一日
東北六県農会の陳情 一九三五年八月二四日
農村工業指導機関の設置 一九三六年五月三〇日
東北振興現地指導機関の設置 一九三六年八月五日
東北振興第一期総合計画に対する要望 一九三七年八月二一日
東北庁設置に関する青森県出身議員の意向 一九三八年八月一一日
変容する東北振興
東北振興会社の官僚化 一九三六年一〇月二三日
東北振興の開発化 一九三七年六月二六日
戦時東北振興計画の概要 一九四二年七月一日
第二章 恐慌下の諸産業
金融危機と銀行合併
金融危機と県の対応策
八戸銀行の休業 一九三〇年一二月二九日
弘前銀行の休業 一九三一年一一月二四日
第五十九銀行の休業 一九三一年一一月二五日
金融機関救済に関する意見書 一九三一年一二月三日
第五十九銀行預金払戻停止報告書 一九三一年一二月一一日
県債発行による自作農創設資金融資と金融機関救済 一九三二年
第五十九銀行再開店後の概況 一九三二年六月一四日
八戸銀行の開業 一九三二年一一月二五日
弘前銀行の整理 一九三八年四・八月
弘前銀行の解散 一九三八年一一月二日
銀行合併
三戸銀行買収合併の経過 一九三八年五月一日
青森銀行の新設 一九四一~四三年
五行合併契約書 一九四三年六月一二日
五行合併認可証 一九四三年九月二一日
庶民金融
公益質屋法施行細則 一九二七年一二月六日
公益質屋の設置 一九三一~三二年
津軽無尽から弘前無尽への営業譲渡 一九四二年六月二三日
運輸・通信網の整備
鉄道速成運動
青秋横断鉄道の速成計画 一九三五年
弘前・田代間鉄道の五能線連結 一九三六年
南部鉄道速成の陳情 一九三七年一月
道路の整備
旧兵営道の県道編入 一九二八年一一月二四日
青森・三本木間道路の県道編入 一九三三年一一月二四日
府県道黒石発荷線の改修 一九三四年一〇月一九日
国道舗装に関する嘆願 一九三五年七月二日
国道府県道道路の維持執行 一九三六年四月四日
港湾開発
大湊開港の請願 一九三三年一月一二日
八戸港開港指定の陳情 一九三三年一〇月一七日
八戸駅の東北線編入と八戸港との連結 一九三五年三月九日
青森工業港湾指定請願 一九三五年八月八日
青森漁港修築促進の陳情 一九三六年六月一七日
小湊湾への工業港設置の請願 一九三六年八月
大間鉄道と大間港の国営修築速成請願 一九三六年九月三日
鯵ケ沢築港の陳情 一九三六年九月
深浦港継続修築の請願 一九三七年六月二二日
陸運・海運業の進展
朝鮮・北海道航路の青森寄港請願 一九二八年一〇月
青森県海運の状況 一九二九年一一月
八戸警察署管内荷馬車協会会則 一九三三年一二月一〇日
電力・通信網の整備
町村電話施設計画要綱 一九二七年一月一四日
電力供給施設の促進 一九三七年三月一九日
河川改修
河川管理員執務規定 一九三〇年七月一二日
岩木川水害防備の請願 一九三五年一一月四日
馬淵川改修の陳情 一九三八年六月一三日
商業的漁業の発展
海産物商人の活動
大橋商店特報 一九二八年六月~七月
山東出兵と海産物輸出事情 〔一九二七~二八年〕
海産物商人の書簡 〔一九二七~二八年〕
新規漁業の展開
動力附漁船調査 一九三二年一〇月
八戸地方の漁業 一九三六年九~一〇月
漁業奨励金請求書 一九三八年
缶詰製造業の展開
サケ・マス缶詰の製造状況 一九三六年
東興缶詰工場と八戸港 一九三八年六月一四日
青森市缶詰業の動向 一九三八年六月二二日
八戸魚市場の開設
八戸市営魚市場規定 一九三三年九月五日
八戸魚市場要覧 一九三五年三月
魚市場開設許可に関する伺 一九四〇年一月
水産加工品検査制度の展開
青森県水産製品取締規則 一九二七年四月一四日
青森県水産製品検査規則 一九三七年四月一日
商工業の停滞と活路
商工業の振興
発明奨励費交付規則 一九二九年四月一八日
青森産品の北海道販路開拓 一九二九年五月二五日
弘前産業振興会 一九三一年七月
青森県営電気の概況 一九三四年五月
青森県営の電気事業 一九三四年六月一日
青森県工業試験場業務功程の大要 一九三四年
農村工業奨励規則 一九三五年一一月五日
無水アルコール国営工場設置の陳情 一九三六年一〇月
商業の模索
八戸煙草小売業組合の活動 一九二九年六~七月
青森県の商業状況 一九二九年一一月
黒石商業組合の特色 一九三三年一二月二〇・二一・二三日
工業の模索
木材界の不況 一九二七年二月二五日
株式会社寿リンゴ社の設立 一九三四年
第三章 恐慌・災害下の農村と都市
凶作・災害と対策
農村を襲う凶作・冷害
「昭和五年凶作」と対策 一九三〇年一二月二六日
「昭和六年凶作」と農民救済 一九三一年一一月五日
「昭和九年凶作」に関する知事諭告 一九三四年一二月二一日
青森県凶作対策委員会の設置 一九三四年
「昭和十年水害」と被害状況 一九三五年八月三〇日
三陸大津波
三陸大津波と被害 一九三三年八月二五日
昭和前期の農村状況
疲弊する農村 一九三〇年四月二八日
下村千秋「飢餓地帯を歩く」 一九三二年二月一日
郷蔵制度の復活
郷蔵の奨励 一九三三年七月二二日
青森県郷蔵組合連合会規約 一九三四年九月
頻発する小作争議とその対策
小作争議と小作調停
小作争議の激増と要因 一九三〇年三月二八日
耕地返還の増加 一九三三年一二月一一日
小作争議調停の指針 一九三五年五月二二日
青森県の凶作と小作情勢 一九三五年一二月
争議の減少と調停の増加 一九三八年四月一一日
小作争議の発生状況 一九三八年五月二八日
小作争議が小作事情に及ぼした影響 一九四一年九月
農民運動と全農県連
小作人組合の設立 一九二五年一〇月五日
最近の農民運動の展開 一九二八年一一月三〇日
県内初の立入禁止争議 一九二九年四月八日
全農青森県連の推薦候補者 一九三一年九月一二日
全農青森県連の大会開催 一九三四年九月五日
津軽派と南部派の合同 一九三五年四月二〇日
全農青森県連の躍進 一九三五年五月三一日
全農青森県連の内紛 一九三八年二月
勤労農民組合と東方会の合同 一九三八年六月一一日
りんご園の小作争議
りんご園管理上の争議 一九三三年一一月一三日
りんご園争議の増加 一九三四年一一月一四日
豊作とりんご園争議 一九三五年五月一五日
りんご園争議と調停の状況 一九三六年三月三一日
警察のりんご園争議調停 一九三六年五月八日
りんご園争議をめぐる無産陣営の内紛 一九三七年三月二九日
小作紛議防止委員会のりんご園争議調停 一九三八年二月二四日
紛議防止対策
小作争議防止対策 一九三四年九月四日
小作紛議防止委員会の設置 一九三四~三五年
警察の小作調停への積極介入 一九三五年八月一日
小作紛議防止委員会の開催 一九三五年一〇月九・一〇日
農村問題相談係の活動状況 一九三六年四月
農山漁村経済更生運動の展開
更生計画の立案
経済更生計画の概要 一九三三年七月一〇日
南津軽郡六郷村(現黒石市)の経済更生計画 一九三三年一一月
東津軽郡今別村(現今別町)の更生運動 一九三四年五月二八日
教化村の設定 一九三五年八月一五日
村経済更生運動 一九三五年
青森県更生の唄 一九三五年
更生計画樹立指定町村 一九三七年九月
三戸郡地引村(現福地村)の経済更生特別助成 一九三七年
産業組合拡充
産業組合東青病院の完成 一九三一年一〇月一日
産業組合拡充五カ年計画 〔一九三一年〕
米穀資金の融通 一九三三年九月一八日
農村協同組織の徹底 一九三四年五月八日
青森県産業組合長会議 一九三四年五月二四日
産業組合拡充強化運動 一九三五年一一月一四日
第二次産業組合拡充三カ年計画 一九三七年一二月
青森県産業組合状勢 一九三七年
経営改善方策
上北郡三本木町(現十和田市)の農会事業報告 一九三三年四月一四日
郷蔵と貯金組合の設置 一九三三年九月二日
青森県農業経営指導所規程 一九三四年一月二七日
南津軽郡六郷村(現黒石市)の共同作業場条例 一九三五年八月九日
農村工業の奨励 一九三六年三月
産米の改良 一九三七年七月一九日
自作農創設と耕地改良
自作農創設維持計画 一九三〇年
自作農創設維持資金融通の陳情 一九三二年七月二〇日
自作農創設維持資金の借入 一九三四年四月一二日
不在地主所有地の自作農化 一九三六年五月二六日
耕地拡張改良事業の振興 一九三六年八月一三日
工藤きよの功績 一九三八年六月二二日
不況下の都市
都市の状況
昭和初期の八戸市 一九二七年一一月五日
昭和初期の北津軽郡五所川原町(現五所川原市) 一九二八年七月一〇日
昭和初期の南津軽郡黒石町(現黒石市) 一九二八年七月一〇日
八戸市の産業 一九三〇年五月
弘前市の産業 一九三一年一一月一日
都市と衛生
隔離病舎組合規約 一九二八年八月
弘前市の伝染病予防 一九二九年七月二〇日
下水堰の設置願 一九二九年一二月
弘前市水道使用条例 一九三三年八月三一日
青森県衛生協会設立趣旨書 〔一九三三年〕
トラホーム予防撲滅計画 一九三七年二月
都市計画
弘前市都市計画区域の決定 一九三三年七月六日
八戸新興工業都市計画 一九四〇年八月六日
八戸市の都市計画 〔一九四〇年〕
八戸都市計画工業専用地区の指定 一九四三年三月二二日
三本木都市計画街路事業 一九四一年八~九月
青森都市計画地域変更と拡張 一九四三年二月一三日
青森都市計画街路事業 一九四三年二~三月
大湊都市計画街路事業 一九四五年三~七月
第四章 大衆社会の光と影
大衆文化の開花
県内各地の文化諸活動
地方文学の存在 一九三〇年二月二日
地方文学に関する批判 一九三〇年三月一六日
築地小劇場の来演 一九二八年八月一五日
黒石農民劇場 一九三二年二月一三・一四日
一九三一年の本県美術総決算 一九三一年一二月二七日
ピアノの購入 一九三一年一一月一三日
水木音彌独唱会 一九三二年一〇月八日
昭和時代の流行歌 一九三三年三月一二日
大鰐スキー場設備費補助金請願 一九二七年一一月
青森県のスポーツ 一九三三年二月一九日
オリンピックスキー後援 一九三五年一〇月一〇日
維新志士遺墨中心展覧会 一九三〇年八月二七日
メディアが果たした役割
青森県文化象徴展覧会 一九二八年九月一四日
第一回東奥美術展開催案内 一九三一年八月二四日
サンデー文芸募集 一九三三年四月一六日
八戸小唄 一九三二年七月二四日
八戸小唄演奏会 一九三二年八月二七日
東奥日報社主催の青森県相撲大会 一九三三年八月一三日
青森県民謡大会 一九三四年八月二七日
文化受容形態の多様化
県立図書館の利用状況 一九二九年二月八日
蓄音機の普及 一九二九年三月二四日
レコード演奏会 一九二九年七月九日
ラジオ放送の実施 一九三四年四月一二日
貸出文庫の開始 一九三四年九月一三日
恐慌下の世相
ミス・ビードル号
ミス・ビードル号の離陸 一九三一年一〇月五日
託児所
乳幼児愛護デー 一九二七年四月二一日
乳幼児溺死者の調査 一九三一年七月四日
岩木託児所の経過概要 一九三五年
廃娼運動
人道愛から出た公娼問題 一九二六年六月一日
廃娼問題の概要と実態 一九三四年一二月
身売り
身売り女性と公私娼の増加 一九三二年二月一四日
身売り女性の激増 一九三三年五月一三日
身売り防止就職資金の貸付 一九三六年九~一〇月
身売り女性の救済 一九三八年一月二六・二七日
出稼ぎと職業紹介所
出稼ぎの実態
県外出稼供給組合規約準則 一九二七年
紡績女工の職業紹介 一九三二年四月一二日
黒石出稼保護組合の創立 一九三四年二月一九日
人絹工場の女工大量募集 一九三四年九月四日
樺太林業出稼者からの訴え 一九四二年五月七日
杣夫契約不履行者 一九四二年一〇月八日
北洋漁業出稼ぎ
青森県出稼漁夫供給組合一覧 一九二九年
出稼漁夫職業紹介要綱 一九三三年一二月
出稼漁夫の求人に関する雇主心得 一九三四年一月
北洋出稼漁夫の帰郷 一九三九年八月二三日
職業紹介所の活動
職業紹介所問答 〔一九二九年〕
青森地方職業紹介事務局の事業概況 一九三二年三月一〇日
下北郡脇野沢村職業紹介所の設置 一九三一年一一月二日
恐慌下の教育
アメリカ人形歓迎会と御大典事業
日米親善アメリカ人形歓迎会 一九二七~二八年
市町村学校の御大典事業 一九二八年四月二八日
凶作不況下の教育
校務日誌に見る凶作下の小学校 一九三一~三二年
俸給未払いと欠食児童 一九三二年一月三一日
三戸郡市川村(現八戸市)学事年報 一九三三年九月一〇日
青森県師範学校附属小学校の略歴 一九三五年三月二一日
欠食児童と離村家族の激増 一九三五年一二月一三日
児童生徒戦地への慰問文
満州出征者への慰問文 一九三一年一二月一五日
銃後の児童作文 一九三七年一二月一〇日
実科高女・盲学校の県立化運動
七戸町立実科高等女学校の県立化運動 一九二八年一二月
青森盲学校昇格についての青森市長講演 一九三一年一一月一七日
戦時下の詩と作文
春日井寛「太平洋横断機離陸の情景を憶いて」 一九三三年三月四日
秋元良二「時計」 一九三四年三月二一日
千葉寿雄「雨」 一九三六年三月二一日
高等科小学生の日記「私共の日記」 一九三六年三月二一日
笹井和夫「兄の公病死」 一九三九年三月二一日
粕谷治子「出征せられた留守を守りて」 一九四〇年三月二〇日
第五章 十和田湖開発と国立公園指定
十和田国立公園指定と観光開発
国立公園指定運動
日本新八景十和田湖の入選運動 一九二七年五月
日本新八景十和田湖入選 一九二七年七月六日
日本新八景十和田湖入選祝賀会 一九二七年八月一六日
十和田湖と奥入瀬渓流の名勝・天然記念物指定 一九二八年四月一二日
国立公園協会青森県支部の創立 一九三一年三月一三日
国立公園候補地十和田の調査 一九三一年五月一八日
十和田国立公園指定の陳情 一九三一年七月二四日
「法奥沢村」を「十和田村」へ村名改称 一九三一年九月七日
青森県観光協会会則 一九三四年九月二六日
十和田公園使用条例 一九三四年一一月一六日
十和田国立公園貢献者の記念碑と桂月堂の建設 一九三五年三月
十和田国立公園の指定 一九三六年二月一日
十和田道の整備
宇樽部公衆桟橋新設の陳情 一九三四年三月一四日
十和田湖周遊道開削の建議 一九三五年五月一三日
県道十和田道改修の請願 一九三五年八月
黒石・十和田間道路改修の陳情 一九三六年一二月一〇日
青森・十和田間省営バス路線の開通 一九三四年七月一八・二八日
黒石・十和田間省線バス運行の請願 一九三四年八月一日
三本木・子ノ口間省営バス運行の陳情 一九三六年四月二八日
弘前・大鰐・十和田湖間省営バス運行の請願 一九三六年九月一五日
三戸・毛馬内駅間鉄道速成の請願 一九三七年
漁業権紛争
十和田湖漁業権に関する訴え 一九三一年三月二五日
十和田湖水利用と景観保存運動
三本木原国営開墾
上北大規模開墾期成会の成立 一九二七年
国営開墾の陳情 一九三五年七月二日
三本木原耕地整理組合の設立 一九三七年一二月
国営開墾計画概要 一九三八年七月
水力発電所の建設
奥入瀬川水系発電計画 一九三七年一二月一〇日
十和田湖・奥入瀬川水系灌漑発電計画一覧図 〔一九四四年〕
景観保存運動
国営開墾計画中止の陳情 一九二八年七月二四日
国営開墾計画の中止と国立公園指定の陳情 一九三三年一二月五日
国営開墾と十和田水力発電事業反対の陳情 一九三六年八月四日
描かれた十和田湖
十和田湖論
武田千代三郎「十和田保勝論」 一九一二年
「十和田」と題する月刊誌の発行 一九一五年七月二六日
鳥谷幡山『十和田勝景画譜』 一九二二年七月二八日
中野雪山「十和田湖」 一九二七年六月三〇日
樽部花太郎「時艱の十和田湖」 一九四〇年七月一一日
十和田湖探勝
大塚甲山「壬寅紀行」 一九〇二年九月一一日
河東碧梧桐『三千里』 一九〇七年六月八~一〇日
大町桂月「十和田湖」 一九〇八年八月三〇・三一日
石田三治「十和田湖に船を泛べて」 一九一七年七月一日
十和田湖遊覧
九条武子「十和田湖に遊びて」 一九二七年七月八日
泉鏡花「十和田湖」 一九二八年八月一日
与謝野寛「十和田湖にて」 一九三三年二月二六日
小杉放庵「奥入瀬渓・湖上遊」 一九三三年四月五日
前田夕暮「新秋旅情」 一九三三年
横山武夫「山上湖」 一九四二年一〇月三〇日
第六章 総動員体制の構築
戦時下の県政と市町村
選挙粛正と県政
選挙粛正座談会 一九三五年八月二〇日
選挙粛正の普及策 一九三六年一月一一日
市町村長会議における上田誠一知事の訓示 一九四〇年一一月一八日
政党の動向
民政党青森県支部総会 一九三六年一月一二日
政友会青森県支部大会 一九三六年一〇月七日
苦闘する町村
青森県町村長会の陳情書 一九三五年一一月四日
町村自営計画 〔一九三五~三六年〕
南部地方振興の陳情 一九三六年一二月
動員される県民
国体明徴県民大会 一九三五年一一月二七日
無産党員の武運長久祈願 一九三八年五月七日
模範常会(北津軽郡梅沢村沖部落常会) 一九三九年
皇紀二六〇〇年記念事業 一九四一年五月三〇日
日中戦争の本格化と陸海軍
日中戦争と郷土部隊
盧溝橋事件と郷土部隊 一九三七年七月八日
歩兵第一〇五連隊の戦闘 一九三九年一月三〇日
ハルハ河戦争戦死者の遺骨到着 一九三九年一一月二〇日
第三六師団長訓示 一九四〇年九月六日
山西における歩兵第二二二連隊 一九三九~四〇年
中国共産軍の掃蕩 一九四〇年一二月二四日
大湊要港から警備府へ
駆逐艦「野風」のカムチャツカ方面警備 一九三七年五月二七日
ソ連拉致の日本漁船の帰航 一九四〇年八月九日
日ソ漁業暫定協定 一九四一年一月三一日
北洋漁業船の帰航 一九四一年八月一九日
大湊要港部の改称 一九四一年一一月二一日
報道と世論形成
盧溝橋事件後の東奥日報社 一九三七年八月一〇日
戦死戦傷者についての連絡依頼 一九三七年一一月一三日
従軍記者の活躍状況 一九三八年六月一七日
国防献金と恤兵金 一九三九年一月一日
軍用機献納の社告 一九四〇年一一月一〇日
軍用機の献納運動 一九四〇年一一月一六日
東奥日報従軍記者の戦死 一九四一年三月一一日
銃後の動向
在営軍人への黒石町長激励文 一九三七年七月二八日
慰問袋の募集 一九三七年八~九月
第八師団管内一般地方情勢報告 一九三七年一二月二八日
入退営兵歓送迎の簡素化 一九四〇年二月六日
要塞地帯法の改正 一九四一年一月一五日
満州への動員
移民行政の展開
満蒙移民協会の移民募集 一九三二年一月二二日
満蒙集団移民の宣伝と実態 一九三二年二月二二日
満州農業移民の募集 一九三六年六月二四日
日中戦争開始と満州移民の取扱 一九三七年七月三〇日
「大陸花嫁」学校の建設 一九三八年一二月五日
青森県の分村・分郷計画 一九三九年七月一一日
満州集団開拓民の募集 一九三九年九月二六日
松野伝「青森県と開拓民事業」 一九三九年一一月一一日
満州建設勤労奉仕隊の募集 一九四〇年四月五日
分村青森の建設 一九四四年一月一〇日
開拓団と青少年義勇軍
満蒙開拓青少年義勇軍の募集 一九三八年三月二二日
青少年義勇軍保母の出発 一九三九年四月一一日
漁業開拓団の出発 一九三九年一〇月一九日
岩木開拓団の創設 一九三九年一二月一五日
青森村への入植勧誘 一九三九年
青少年義勇軍の送出数 一九四〇年七月二五日
青森県関係開拓団の現況 一九四〇年七月二五日
青少年義勇軍の募集 一九四四年一月二〇日
青少年義勇軍送出の徹底 一九四四年一月二七日
満州林業移民
第一回林業移民の募集 一九三六年七月八日
林業移民家族の招致 一九三七年六月一七日
林業移民入植方針と計画書の改正 一九三七年七月九日
林業移民の追加募集 一九三七年一〇月九・一一日
大青山林業移民団と官行斫伐事業 一九三七年一〇月
林業移民への不満 一九三八年六月一三日
林業開拓民の補充 一九四一年四月三〇日
太平洋戦争期の林業移民状況 一九四二年八月二〇日
満州国林業開拓民の打合会 一九四二年九月一日
開拓民の補充 一九四二年一一月一三日
林業移民帰国援護 一九四八年一一月二五日
営林実務実習生
営林実務実習生の受入れ依頼 一九三六年三月一四日
実習生の帰国 一九三七年一月二二日
第二回営林実務実習生 一九三八年二月一九日
高知営林局への回答 一九四〇年三月二三日
第七回営林実務実習生の旅行 一九四二年四月六日
産業社会基盤の要塞化
電力事業の統制
従量電灯の最低料金制度 一九四〇年一月一九日
自粛的節電への呼びかけ 一九四〇年二月五日
増加電力需給契約の締結 一九四一年四月一〇日
交通・運輸の統制
三戸・毛馬内間の鉄道速成建議 一九三八年二月一五日
青森市中心路線の乗合自動車合同 一九三九年一月一四日
鉄道補助と燃料配給の請願 一九三九年九月一五日
八戸自動車業者のブロック結成 一九四〇年一月四日
田名部運輸軌道株式会社の営業廃止 一九四〇年五月一三日
鮨詰列車の緩和策 一九四〇年一二月一一日
黒石線存置の請願 一九四五年二月八日
動員された企業活動
綿業界の転業者 一九三九年一月一三日
軍需下請負工業講習会 一九三九年一月一三日
商組経営改善と自治監査講習会 一九三九年一月一五日
商工組合業者の転業補助 一九三九年二月二二日
八戸港調査座談会 一九三九年五月二八日
軍需下請工業受注斡旋懇談会 一九四〇年一月二六日
戦時体制下の造船業 一九四二年一〇月三一日
臨界工業地帯計画の構想
八戸港埋立地臨港引込線敷設の陳情 一九三八年一一月一二日
青森工業港実現に伴う工場拡充設置要請 一九四一年八月一八日
八戸臨海工業地帯の海陸連絡整備請願 一九四一年
第七章 資源の開発と統制
戦時農業統制とりんご・馬産
銃後農村対策
青森県農会の戦時対策 一九三七年九月七日
秋季農繁期託児所の開設 一九三九年九月一八日
部落会と部落農業団体の調整 一九四一年三月八日
勤労奉仕班要項 一九四一年四月二九日
貯蓄の奨励 一九四三年一一月一日
青森県標準農村設定補助規則 一九四四年一月一八日
皇国農村の確立促進 一九四五年二月
戦時食糧増産
水田造成事業の補助金交付申請 一九四〇年二月一五日
食糧増産と青森県 一九四一年三月一五日
農家に対する知事の呼びかけ 一九四二年五月一七日
青森県土地改良指導部の設置 一九四三年一〇月一日
農繁期食糧増産特別挺身期間の実施 一九四四年七月一二日
青森県蔬菜特産地設定要綱 一九四五年六月七日
援農隊日誌 一九四五年六月二二~二四日
食糧の供出と統制
産業組合第四次政府買上米供出要綱 一九四〇年六月二八日
雑穀配給統制 一九四一年二月一四日
余剰米の供出促進 一九四一年九月九日
管理米集荷の一元化 一九四一年一〇月二三日
管理米供出の督励 一九四三年四月一五日
早期買入米の供出 一九四三年一〇月一一日
蔬菜の統制 一九四四年
りんご販売統制
りんご販売統制の躍進 一九三四年一一月一日
ソビエト連邦へのりんご輸出 一九三五年一一月一〇日
購販連のりんご統制 一九三五年一二月二日
発展するりんごの海外輸出 一九三八年六月二二日
青森県苹果輸出販売株式会社の設立陳情 一九三九年八月
国策作物としてのりんご 一九四〇年八月二〇日
りんご販売の一元化 一九四一年四月一〇日
りんご計画経済 一九四三年六月一五日
りんご発送箱の不足 一九四三年一一月一六日
馬の増殖と統制
馬の増殖対策 一九三九年二月
県種馬共進会 一九三九年七月二八日
三本木地方の馬産家状況 一九四三年一〇月一一日
青森県臨時馬匹移動取締規則 一九四五年五月二六日
水産資源利用の展開
東北振興水産株式会社の活動
東北振興水産株式会社定款 一九三七年六月一日
東北振興水産株式会社の第一期営業報告 一九三七~三八年
東北振興水産株式会社の増資株引受変更 一九四〇年九月一七日
東北振興水産株式会社の冷蔵運搬船処分 一九四三年九月一三日
魚市場の拡充
魚市場関係情況報告書 一九三八年一一月
市場使用料に関する重役会決議録 一九三八年一二月一二日
八戸魚市場会社の特質 一九三八年
戦時下の漁村
昭和戦前期青森県の水産概況 一九三七年
八戸周辺の漁業概況 一九三八年五月二五日
青森県漁村の振興論 一九三八年一〇月
夏イカの活況 一九三九年七月二二日
青森県の水産物増産計画 一九三九年八月
漁船の遭難
八戸魚市場所有船「八戸丸」の遭難 一九三八年三月一六日
「八戸丸」乗組員の捜索 一九三八年三月一九日
機帆船「第一〇源栄丸」の遭難証明書 一九四五年九月
戦争資源としての森林
森林鉄道
相馬事業区の軌道新設計画 一九二九年三月四日
津軽森林鉄道の概要 一九三〇年七月二〇日
国有林の増産
青森ひばの推奨 一九三〇年七月二八日
脇野沢営林署増設計画 一九三二年
木材増産運動現地報告 一九四三年三月一一日
民有林の統制
青森県民有林開発の根本対策 一九三〇年七月二〇日
愛林運動実行と愛林樹栽奨励 一九三四年三月三日
木炭界の異変 一九三六年七月八日
東北六県共通林業関係特殊施設に関する陳情 一九四〇年七月二七日
村営製炭事業の施行 一九四二年四月二三日
太平洋戦争記念林の造成 一九四三年
青森県への木材生産割当量 一九四三年四月二一日
戦時資源の開発
下北砂鉄開発と日本特殊鋼管株式会社
日本特殊鋼管株式会社大湊工場の建設 一九三七年八月三〇日
下北砂鉄と日本特殊鋼管株式会社 一九三八年三月三日
大湊興業株式会社と日本特殊鋼管株式会社 一九三八年五月三〇日
下北炭鉱開発と大湊興業株式会社
大湊興業株式会社と下北炭鉱 一九三〇年二月二八日
下北炭鉱第一期事業計画 一九四三年二~三月
「神風鉱山」上北鉱山の展開
上北鉱山と朝鮮人労働者 一九四一年
上北鉱山の状況 一九四三年八月一一日
最盛期の上北鉱山 一九四五年一月一日
各種鉱山の開発と再稼働
西又鉱山の再稼働 一九二八年四月二九日
石油鉱区試掘の陳情 一九三六年九月一六日
下北地区アルミ鉱山開発計画 一九三八年一一月二〇日
滝ノ沢・尾太両鉱山の銅鉱開発事業 一九四三年六~七月
鉱山と鉱毒問題
小坂鉱山の鉱毒と南津軽郡のりんご園被害 一九三二年九月六日
上北鉱山と鉱毒問題 一九四〇年四・一〇月
第八章 戦時下の教育と文化
戦時教育の様相
国民学校経営
東津軽郡筒井国民学校の経営方針 一九四二年五月
学徒勤労動員
陸海軍学校入校生壮行式 一九四三年一〇月三一日
学校職員の勤務精励 一九四四年七月二八日
学徒勤労の徹底強化 一九四四年八月二四日
青森市立一中報国隊の動員 一九四五年七月一日
戦時の東奥義塾
太平洋戦争に対する訓示 一九四一年一二月二〇日
戦争末期の学事報告 一九四五年
家庭食糧状況調 一九四五年五月
青森空襲の被害と敗戦
青森市国民学校現況調査表 一九四五年八月一〇日
学徒に対する戦争終結の告諭 一九四五年八月一五日
敗戦前後の校務日誌
田名部国民学校校務日誌 一九四五年四月~四六年三月
戦時下の社会教育
市町村の社会教育
青森県社会教育の沿革 一九三一年一月
三戸郡倉石村(現五戸町)の社会教育 一九三八年
教化運動と社会教育
教化振興方策 一九三〇年四月一九日
浅瀬石村報に見る教化運動 一九三三年一一月一〇日
東津軽郡後潟村(現青森市)の教化指導計画 一九四〇年七月一五日
学校教育と社会教育
社会教育に対する多久安信知事の訓示 一九三三年二月二~三日
中等学校に対する指示事項 一九三三年二月二~三日
児童生徒に対する校外生活指導 一九三三年六月一七日
校外生活指導講習会の開催 一九三四年七月一九日
学校教育の拡張運動 一九三四年一一月二一日
少年教育
愛国少年同盟の活躍 一九二八年五月一五日
少年団の状況 一九三一年一月
青年教育
青年訓練所への入所督励 一九二七年二月一五日
黒石青年学校の開校 一九三五年六月二二日
日中戦争勃発と青年団への指令 一九三七年七月三〇日
青森連合青年団の内紛 一九三八年七月一四日
青年団振興策 一九三八年八月三一日
独立青年学校の設置 一九四三年一二月二一日
成人教育
成人教育指導者講習会 一九三〇年二月一五日
成人教育の状況 一九三一年一月
壮年団の結成 一九三七年四月六日
映写機の貸出 一九四〇年一月一二日
戦時下の文化
統制されゆく諸文化
青森県行進曲 一九三九年二月一五日
青森県行進曲「楽譜」 一九三九年四月二二日
青森県行進曲の感想 一九三九年五月一一日
円盤界活躍の県出身芸術家 一九三九年七月一一日
県出身画家の絵行脚 一九四〇年四月一一日
嗜好品図案に見る時局の影響 一九四〇年一一月一〇日
弘前映画鑑賞会 一九三七年一〇月二五日
黒石映画会 一九三八年八月二二日
東奥日報社主催東奥ジャンプ大会 一九三九年一月二九日
「興亜奉公日」の実施 一九三九年八月二八日
北津軽郡郷土会設置主意書 一九三九年
翼賛地方文化運動
大東亜文化の建設 一九四一年一〇月二日
県文化連盟の結成 一九四二年二月二二日
地方文化運動 一九四二年一二月八日
「みちのく」巻頭言 一九四二年二月二七日
青森市内全中学校の映画連盟 一九四〇年一二月二六日
青森県移動映写連盟の結成 一九四四年三月一八日
産報演劇班の劇と舞踊 一九四二年六月四日
青森県の民謡 一九四四年三月一日
健民運動
銃後の心身鍛錬 一九三八年七月二一日
映画として取り上げられた健保組合 一九四〇年八月三日
民意の活性化 一九四〇年一〇月三一日
東北振興対策と健民運動 一九四二年三月一一日
乳幼児肺炎予防対策 一九四二年一二月一五日
結婚の奨励 一九四三年八月一〇日
第九章 「北の要塞」の確立と崩壊
太平洋戦争下の県政と市町村
開戦と県政
市町村長会議における山田俊介知事の訓示要旨 一九四二年三月一九日
市町村長会議における宇都宮孝平知事の訓示要旨 一九四三年四月二七日
市町村長会議提出事項 一九四三年四月二七日
翼賛選挙
大東亜戦争完遂翼賛選挙貫徹運動実施方策 一九四二年
翼賛選挙に関する山田俊介知事の呼びかけ 一九四二年四月一一日
八戸市会議員候補者推薦会要綱 一九四二年五月二〇日
翼賛壮年団と東亜連盟
八戸市翼賛壮年団団則 〔一九四一年〕
弘前市翼賛壮年団の活動 一九四三年二月一〇日
新政治指導力結成に関する研究案要項 一九四一年一〇月一五日
臨戦態勢の地域
朝鮮人の保護善導策 一九四〇年五月九日
日本人と朝鮮人との融和策 一九四一年五月九日
日朝青年間の交歓会 一九四一年六月二一日
総力戦と県民
太平洋戦争勝利に対する緊急動議 一九四一年一二月一五日
シンガポール陥落祝賀会 一九四二年一~二月
社説「たたかう青森県」 一九四三年一二月一五日
軍事扶助施行細則 一九四五年三月一七日
統制から総動員へ
統制の開始
工業場取締規則 一九二七年五月三一日
日中戦争の産業経済に与える影響 一九三七年
各種物品の統制
ガソリン値上阻止に関する陳情 一九三六年五月二二日
燃料統制に対する各業者の意向 一九三八年五月二八日
錦糸統制緩和の陳情 一九三八年七月五日
食糧等の配給
旧正月用海産食料品ニュース 一九四〇年一月
春ニシンの配給 一九四四年四月八日
労働動員
勤労奉仕班の活動 一九三八年四月一八日
国民精神総動員連盟黒石町統制部の結成 一九三八年一二月一五日
国民徴用者の壮行準備 一九四〇年一二月二六日
冬季鉱山勤労報国隊実施要項 一九四一年一一月一三・一四日
商品価格の規制
暴利取締に関する改正省令の施行 一九三七年八月一二日
物価調査委員の活動 一九三九年三月
統制団体の活動
商業報国会会則 〔一九四一年〕
青森商工会の活動 一九四三年三月二〇日
戦時下の開発計画と構想
陸奥湾をめぐる開発構想
東北振興と津軽海峡 一九三六年五月一日
陸奥湾運河開削に関する陳情 一九三九年一月二五日
陸奥湾運河と青森湾 一九四二年一一月
青函トンネル構想への期待 一九四四年一月二六日
小川原湖・高瀬川開発
小川原湖開発計画 一九二二年七月二一日
高瀬川改修と小川原湖の開発 一九三九年一二月
三本木原開発計画
国立北方農業研究所設立要綱案 〔一九四二年〕
国立東北地方農業指導所設立要綱案 一九四四年六月一〇日
南部開発研究会の設立陳情と認可 一九四四~四五年
三本木原国営開墾事業 一九四五年一一~一二月
「北の要塞」と「帝国」の終焉
大陸の郷土部隊
山西省治安戦の郷土部隊 一九四二年一一月二日
第三六師団の南方派遣 一九四三年一一月一三日
歩兵第二四一連隊行動概要 一九四五年八月
第五七師団の九州防衛計画 一九四五年八月一〇日
南方の郷土部隊
人的戦力の保持増強 一九四四年九月一〇日
ルソン島における尚武集団命令 一九四四年一二月八日
ミンドロ島遊撃戦に関する尚武集団命令 一九四四年一二月二六日
ビアク支隊の最期 一九四五年一一月
決戦体制下の北東北
北部軍司令部・管内警備情勢月報 一九四一年一二月
本土決戦こそ最終決戦 一九四五年六月一九日
援農部隊への山菜供給 一九四五年六月一九日
第二二二師団の行動概要 一九四五年六~九月
県都焼尽
東北大空襲防空情報記録 一九四五年七月一四~一五日
空襲下の治安を報ずる暗号電報 一九四五年七月一五日
東北北海道空襲 一九四五年七月一六日
青森空襲に関する青森地裁検事正の報告 一九四五年七月三一日
青森空襲を伝える米軍ビラ 一九四五年八月四日
大湊警備府の興亡
開戦前後の作戦経過 一九四一年一二月
北洋の輸送船 一九四二年一二月九日
戦争末期の大湊警備府 一九四五年五月
敗戦の受容
戦争終結に関する諭告 一九四五年一〇月五日
海軍の武装解除 一九四五年八月二二日
アメリカ第九艦隊大湊に到着 一九四五年九月一〇日
アメリカ進駐軍の青森上陸 一九四五年九月二四日
第十章 銃後に生きる人々
戦時下のくらし
銃後の奉公
野辺地町銃後奉公会会則 一九三九年二月一八日
銃後奉公強化週間行事 一九四〇年九月二九日
青森県銃後奉公祈誓大会実施要項 一九四一年
戦時生活の諸相
食パン配給に対する外国人の対応 一九四一年一二月六日
配給の増量を受ける職場 一九四一年
戦時下生活の切りつめ状況 一九四三年六月一一日
雪上国防演錬大会 一九四四年一月五日
銃後の建設
青森県民の躾 一九四二年一〇月一一日
上北郡町村長会常会協議事項 一九四三年二月
疎開
雪と疎開者 一九四五年二月一日
疎開者の実態 一九四五年七月一日
疎開児童の書簡 一九四五年八月一日
銃後の女性たち
統制下での衣食住
冠婚葬祭・社交儀礼の粛正 一九三六年二月六日
万用作業服の創案 一九四〇年四月一一日
戦時の正月料理 一九四一年一月一〇日
産育奨励
出生率全国一位の青森県 一九三三年六月七日
ミルクの配給 一九四〇年一〇月二六日
巡回指導婦への留意事項 〔一九四一年〕
空襲下での出産 一九四四年一月二五日
結婚相談所の設置補助 一九四四年三月一三日
諸婦人会の活動
婦人会施設要項 一九二九年二月一九日
国防婦人会の発会 一九三六年八月三日
愛国婦人会青森県支部長の通達 一九三七年八月一〇日
嫁入前の翼賛教育 一九四〇年一二月二六日
活躍する女性たち
娼妓解放への努力 一九二七年六月九日
軍人遺家族婦女授職施設要項 一九三八年七月二八日
農漁村託児所保母講習会の開催 一九三九年五月二日
女性の社会進出 一九四〇年五月二二日
女性の議員 一九四〇年六月一一日
従軍看護婦 一九四一年一二月六日
小湊セツルメント通信 一九四二年九月
短期産業組合女子講習会 一九四三年一〇月一一日
女性の生き方をめぐって
女性の参政権 一九二七年一二月二五日
青森県婦人論 一九三二年七月三日
婦道の教え(母から娘へ) 〔一九三九~四〇年〕
統制される宗教
国家神道完成期の諸宗教
敬神週間に関する通牒 一九二六年一〇月二九日
氏子総代会創立総会 一九三一年一一月一五日
非常時下の神社 一九三三年一一月二一日
神社経費供進請願 一九三四年一二月
キリスト教の布教状況 一九三〇年三月
「神の国運動」の様相 一九三〇年一二月三日
東北地方凶作救済活動 一九三四年一一月二一日
仏教会の動向 一九二七年七月一五日
宗教団体法前後の各派
皇紀二六〇〇年と教会の使命 一九四〇年二月九日
日本キリスト教徒の大同団結 一九四〇年八月二九日
県仏教界の新体制 一九四〇年九月二八日
青森県護国神社奉賛会趣意書 一九三九年
津軽古武道の宮崎神宮奉納 一九四〇年一一月一三日
天理教青森大会 一九四〇年八月一〇日
戦時下のキリスト教
ミッションスクールの資金問題 一九四〇年一〇月一五日
キリスト教会婦人会記録 一九四二・四五年