図書セバンゴウ ナシ セントウボウ ノ ヤキュウ000061220

背番号なし戦闘帽の野球

サブタイトル1~10
戦時下の日本野球史1936-1946
編著者名
山室 寛之 著
出版者
ベースボール・マガジン社
出版年月
2016年(平成28年)8月
大きさ(縦×横)cm
19×
ページ
367p
ISBN
9784583109862
NDC(分類)
783.7
請求記号
783/Y32
保管場所
開架一般
内容注記
和書
目次

はじめに
プロ野球球団変遷概略
 
第一章 「よし一本!」はストライク 〈昭和一八(1943)年一―四月〉
兵器工場励ます正月野球
陸軍が野球用語に介入
王国愛知で中学野球排除
野球排斥論は他県、文部省へ
東京六大学に解散命令
プロ野球孤独の開幕
甲陽中学生の開幕日記
鈴木惣太郎悩みの戦評
 
第二章 優勝一七時間後は見習工員 〈昭和一八(1943)年四―一二月〉
選手足りず球団に激震走る
変動明暗、初の最下位と大躍進
「公式戦中も工場慰問せよ」連盟決断
英球児・松井栄造の死
万歳の声につつまれ優勝旗
明石中の楠本、中田・・・戦没続く
最後の早慶戦
「撃ちてしやまむ」の産業戦士
徴兵猶予セットの入団勧誘
出陣〝学徒〟輝くプロの東西対抗
沢村の球威激減、景浦は五分咲き
 
第三章 沢村、景浦の大一番 〈昭和一一(1936)―一三(1938)年〉
洲崎球場の決戦と奇襲攻撃
生命短し・潮風と海水の洲崎
豪打景浦、一試合に犠打二つ
猛打に潰えた甲種合格の沢村
高々上がった?沢村の左足
球場覆う戦時色と国防献金熱
進軍ラッパと日の丸弁当
戦没者追悼と大量入営の開幕
〝華の一三年〟スカウト活動日誌
 
第四章 学生野球の変質と粛清 〈昭和一三(1938)―一七(1942)年〉
嵐の前の凪、文部省vs六大学
プロ超える売り上げに文部省直言
早慶連続V決戦に怒る剛腕次官
文部省強硬「著しき変革を予期せよ」
六大学は優勝預かりと一本勝負
紀元二六〇〇年奉祝総力体育大会
夏の甲子園奪われ朝日怒りの社告
六大学野球に迫る終焉
 
第五章 プロ球界も時局の嵐 〈昭和一四(1939)―一七(1942)年〉
打撃輝く新人・鶴岡、一九歳・川上
戦傷の巨人・中山、不屈の挑戦
中山最終打席のナゾ
劣悪球に泣く満州リーグ
球界襲う過酷日程とボール難
ユニホームから英字追放
ボール難本格化、連盟は八球団へ
東西対抗戦で野球と決別、戦場へ
延長二八回、一九戦士の真摯敢闘
 
第六章 背番号なし、崖淵の「日本野球報国会」 〈昭和一九(1944)年〉
景浦いまだ健在! 正月野球
沢村怒る「オレは鋲うちをやる」
壊滅迫る巨人、二球団は解散
五人連続押し出し一七失点
プロ野球の面目保った巨人・阪神戦
野球の心あっても人なくば
「ようやく臨終に・・・」総進軍大会
 
第七章 昭和二〇年正月のプロ野球八連戦 〈昭和二〇(1945)年一―八月〉
野球に憑かれた男たちの球春
練習せよ! 朝日投手を叱る阪神若林
二人負傷し守備壊滅、猛虎敗れる
大阪大空襲、プロ野球遂に終結
春から夏、野球人の悲報止らず
 
終章 暗雲去り、青空に白球舞う 〈昭和二〇(1945)年一月―二一(1946)年〉
終戦・・・・・・野球復活へ球場の壁
神宮球場初のプロ野球実現
甲子園大会は西宮、六大学は上井草
新時代、大下虹の本塁打と川上復活
戦傷を克服したプロ野球選手
 
あとがき
年表
本文に掲載した主なプロ野球選手の略歴と通算成績
参考文献