黒船の再来
序文 敗戦の日本人を理解した、高潔な軍人デッカー少将(阿部志郎)
まえがき 横須賀海軍基地占領
プロローグ 日本人は信頼できる
第一章 民主主義への扉を開かせた We Open the Door
黒船の再来とは
米・中・ソの分割統治案
基地爆破の提言
焼け野原の東京へ
長官官舎はホワイトハウス
大根と椿油は大嫌い
菜園のホウレンソウは最高
日本海軍の旧友と再会
パーティー
司令官に就任
横須賀クリーンアップ作戦
1ドル15円
にせダイヤ事件
米兵の銀行強盗事件
追浜飛行場の廃止
ペニシリン
ハラキリ
水先案内人は10万円
EMクラブ
「三笠」
第二章 家族を呼び寄せる Dependents
米軍家族用住宅事情
パスポート
横須賀婦人会4万人がデッカー婦人を歓迎
歓迎昼食会
さいか屋には商品が少ない
「長官官舎」に入る
兵舎を探索
富士屋ホテル
長尾峠
横浜―東京へ
印刷インク
独立記念日のパレード
帝国ホテル
塀の取り壊し式
友情の樹
パラボラ型ミラー
海軍カレー
セミ取り
真珠湾の秘話
東京裁判
日光旅行は特別列車
家の補修
鎌倉の八幡宮
長谷の大仏
長谷観音
吉田茂首相と会う
ペリー堤督の黒船
指輪の贈呈式
みんなが来たがる横須賀
第三章 横須賀復興に着手 Yokosuka
DDTの散布
水の供給
女性解放に取り組む
規格外食糧
感謝の手紙
警察に靴を
警備員詰所の老警官
婦人警察官
軍医とコレラ
民主主義はキリスト教で
聖ヨゼフ病院の誕生
栄光学園
清泉女学院
田浦の基督教社会館
青山学院大学工学部開校と「君が代」斉唱
学校訪問
病室で調理・洗濯
さいか屋の白塗りに横ヤリ
孤児院
空き缶からおもちゃ
古紙再生工場
海苔
横須賀の奇跡
第四章 米海軍基地の整備・復興 The Naval Base
クレーン、ドッグ、道路
防空壕でキノコ栽培
三つの発電所
エドウィーナヒル
ヨットクラブ
第31海兵隊航空戦闘軍の帰国と松根油
日本一のPX
クリスマスプレセント
鯨を食用に
劣悪な電話システム
石炭不足、「そなえよ つねに」
少将への昇進はお預け
住宅不足に陸軍が譲歩
日本刀300振りを没収
第五章 日本国を繁栄に導くマッカーサー The Good Samaritan
ソ連軍の北海道占領を阻止
マッカーサーをチャーチルが絶賛
昼食会に何度も招かれる
マッカーサーにフランスの大十字章
第六章 日々の出来事 All in the Day`s Work
子どもの悪さ
やくざを収監
メリランド州に似た秋
皇帝見学
ベルサイユ宮殿を模した赤坂離宮
シャワー室は未完成
三浦按針
猿島探検
旧前田公爵邸
トヨペットと多治見製作所
壮観な2千人のちょうちん行列
マッカーサー元帥夫妻主催の午餐会
エドウィーナー和服に挑戦
日米友好協会のハッピ(法被)
聖書の焚書を償う
鎌倉の火事
13病院で改革
鎌倉彫
婦人会へ小づちを贈る
新生婦人会馬淵婦人のあいさつ
婦人ホームを訪問
感謝祭の大集会
マイク・マンスフィールドも来日
窓を開けて蚊に刺される
カモ猟を楽しむ
軽井沢へ
川村吾蔵との出会い
5つの失敗プロジェクト
教科書改訂
グリフィン・デー
徹底した性病撲滅運動
性病罹患率下がる
クリスマスツリーの枝を全部切る
米人ジャーナリスト9人が来日
第七章 京都、四国、広島、長野を巡る Touring Japan
京都旅行
高知、松山
広島
松江、金沢
長野
県立横須賀高等女学校訪問
シー・スカウトが横須賀へ初航海
日本の春は梅から
司令官就任1周年
マッカーサー夫人の横須賀訪問
海軍施設の視察団来日
鳥羽で真珠養殖を見学
名古屋で七宝焼を見学
京都、奈良へ
高松宮殿下ご夫婦一行が横須賀訪問
栄光学園と清泉女学院の開校式
馬淵聾唖学校
エドウィーナ石鹸
フラナガン神父、日本を去る
第八章 横須賀のフリーメーソン Masonry in Yokosuka
横須賀にメーソン支部開設
横須賀の海軍基地サービス
エドウィーナの報告
米独立記念日の大軍事パレード
アッチソン米大使が飛行機事故死
昇進の遅れは問題ではない
上官グリンフィン中将の叱責
マッカーサーの称賛の手紙
東芝が3千人雇う
ピストル射撃大会で優勝
ベニーがアキレス腱を切る
初の大相撲横須賀場所
新生婦人会に黒い霧
日米消防の支援体制
日本は台風の通り道
小麦粉とアメ
『シーホーク』紙を創刊
基地内に学校
デッカー杯マラソン
基地の教会
第九章 望んだ基地司令官の任期延長 Tour of Duty Extenbeb
横須賀市議会議長の嘆願書
エドウィーナの母への手紙
真鍮の山で宝探し
県立横須賀高女の卒業式に出席
日本人ほど礼儀正しい国民はいない
新しい教会の献堂式
イースターの飾り付け
就任2周年記念のあいさつ
エドウィーナーがパーティーの様子を飾る
歯科医と理髪店
最初のヨットクラブ・レース
第10章 さくらの宴にマッカーサー夫人を招く Cherry Blossoms
エドウィーナ、日本の美を語る
県知事公舎せ天皇誕生日を祝う
10日間の旅
京都ー鳥羽
呉ー宮島
佐世保
長崎
別府
金沢ー日光
トムソン氏のコミュニティーセンター
息子の来日
仙台ー松島へ
軽井沢
ヘレンケラー女史の来日
バーキー中将の英断
共産主義とだけ衝突
エドウィーナ、クリスマスを語る
クリスマスの話
火事・地震・台風の3地方を支援
第11章 大佐から少将へ昇進 Promotion
馬淵婦人の葬儀
平和と親善の素晴らしい見本
陸海軍の調和
オウズリー軍医少将の手紙
新生横須賀の父・デッカー大佐
産業の復興
学校のある市
赤十字の市民活動
女性運動
エドウィーナが旅について語る
広島と長崎
別府温泉
衣笠病院1周年記念式典
婦人会と子供の運動場造り
日本医療伝導会衣笠病院の概要
栄光学園生のお礼状
高松宮殿下、栄光学園訪問
ドッジ・ライン
同盟国へ(1949年4月の日記帳断片より)
菊のご紋章の花瓶
按針祭の復活
任期を更に1年延長
2回目の聖体行列
共産党員は解雇
組合に風呂の設置を約束
吉田茂首相ら80人を招いた昼食会
昭和天皇のご子息たち
少将へ昇進、もう1年現役で
第12章 エドウィーナ、カリフォルニアに里帰り Edwina Visits California
少将へ昇進
日本国の首相から祝詞
デッカー少将をたたえるパーティー
エドウィーナが一時帰国
スター級ヨットレース
3年ぶりに官舎を改装
隅田川の花火
飛行機で5日間の日本めぐり
バーキー中将とお別れ
レーバーデーに基地解放
コカ・コーラ1本ずつが2万8千本
エドウィーナの休日
横須賀婦人会活動を紹介
日本へ戻る船旅
第13章 マッカーサーの海軍 MacArthur`s Navy
ソ連からのフリゲート艦、横須賀に返還
ロシア人とは友達になれる
ソ連艦に招かれる
朝鮮戦争に役立つ艦船
沖縄司令官兼務の要請
カモ猟で米放送特派員遭難
聖シルベスター騎士勲章を受章
ベニーの胸像除幕式
胸像除幕式での吉田茂外務大臣あいさつ
通産大臣の祝辞
第14章 米軍最高首脳に横須賀基地の重要性を納得させる We Sell the Base
故齋藤大使をしのぶ昼食会
洋上の戦力に関する報告書の抜粋
「基地の拡張はない」と、市民の自由をデッカー少将が強調
実現した統合参謀本部議長の横須賀訪問
大島を訪問
横須賀共産病院へ寄付金
学校支援の奨学金
彫刻家川村吾蔵の死
根付
第15章 朝鮮戦争始まる中で「サヨナラ」 Sayonara
国王の葬儀でバンコクへ
三崎までの帆走
誇れる徳永アサPTA会長と田中敏子婦人会会長
関東学院が送別会
基地を評価し復興させたデッカー少将
日本の工業化に財閥は必要
アルベール・ブルトン司教の礼状
デッカーの演説(戦没将兵追悼記念日)
CIAに場所を提供
関東学院の送別会招待状
三崎の水産試験場の視察依頼
新旧司令官の歓送迎会
国防長官の横須賀訪問
結婚29周年記念旅行
ガンサーと日光旅行
天皇、皇后両陛下に謁見
人事異動の凍結を船上で知る
別れの電報文
エピローグ 日本から、16年後の報告
あとがき 日本の民主主義づくりを率先実行した米司令官物語
略年譜 ベントン・W・デッカーとエドウィーナ・N・デッカー