昭和史裁判
第一章 広田弘毅
開廷に先立って
東京裁判と『落日燃ゆ』
軍事謀報員?
玄洋社の流れをむ汲む人脈と思想
罪状を検証する
もっとも酷い出来事のあとに来る人
「天羽声明」をめぐって
華北分離工作
駐日大使、?作賓
広田の不運
大命降下のいきさつ
日中戦争の導火線
「国策の基準」
「南京事件」を知っていた広田
トラウトマン工作不成立の謎
さまざまな広田像
南京陥落の熱狂とソ連戦の予兆
第二章 近衛文麿
天皇の次に偉い男
金はなかった、人気があった
演説草稿を自在にリメイク
人選はへそ曲がり
石堂清倫が出会った近衛
パリ講和会議を体験して
欲張りすぎた日本
ソビエトの存在感
共産革命への怯え
二十世紀の怪物・共産主義
武田泰淳が見つめた近衛の死
第一次近衛内閣の抱えた課題
中国経済のパラダイム・チェンジ
戦地からのラブレター
大本営政府連絡会議という失策
政戦両略プラン
明治の政変をどう研究したか
陸軍大臣・寺内寿一に送った怒りの手紙
果たせなかった?介石との直接交渉
占領地工作としての地方政権樹立
内閣改造は極秘に始まった
シビリアンコントロールが利(き)かない
緊迫する世界情勢、困難極まる政治判断
近衛・平沼コンビの果たした役割り
ドイツの電撃戦が与えた動揺
条約あるいは同盟の正体
夢と消えた日米諒解案
欧州の奇妙な戦争
第三章 松岡洋右
外務省「大陸派」
伏魔殿、帝国外務省
世論に寄り添い、ときに対抗し
亡国へ導く検閲の実態
理解されないアウトサイダー
国際連盟脱退の舞台裏
排斥された吉田善吾海軍大臣
松岡構想の「三国同盟」
日ソ中立条約のほんとうの目的
欧州旅行の主たる目的
欧州旅行で詠んだ俳句
第四章 木戸幸一
自称「野武士」、ゴルフはハンディ「10」
名家の坊やが抱えたルサンチマン
天皇との距離、陸軍との近さ
挙げた手柄と隠し持った武器
後継首相、その選び方が変わったとき
平沼騏一郎の別の顔
重臣会議の真実
皇紀二千六百年の祝祭と民心
高木惣吉の情報提供先
昭和天皇の日記
ナチスドイツの宣伝戦略
昭和十三年春の、元老西園寺の憂鬱
喋る大元師、黙る天皇
内大臣という役職の不思議
開戦へと歩を進めさせた御前会議
木戸が葬った東久邇宮後継首班案
反対論を押し切って東条後継指名
空しき総力戦シュミレーション
多様性を保持することの大切さ
貞明皇太后、天皇に引導をわたす
戦争責任をめぐる奇妙な考え方
第五章 昭和天皇
初陣の日中戦争
勃発からひと月で海軍の戦争に
日中戦争終結を迫った秩父宮
終らない戦争
強かった中国
南進か北進か
南北併進論を裁可した御前会議の謎
陸軍がイメージした対ソ戦
峻烈な対日経済制裁発動後の動揺
昭和十六年八月
日米首脳会議という起死回生策
統帥権的発言の数々
キーワードの出ない重臣会議
期待を捨てれぬまま
経済の安定を気にかけつつ
避戦の聖断はあり得たか
重光葵の見通し
聖断という方法
西園寺公望の影響力
あとがき(加藤陽子)
登場人物索引