日本の国籍を下さい
- サブタイトル
- 編著者名
- 菅原 幸助 著/神奈川中国帰国者福祉援護協会 編
- 出版者
- 三一書房
- 出版年月
- 1998年(平成10年)3月
- 大きさ(縦×横)cm
- 20×
- ページ
- 273p
- ISBN
- 4380982254
- NDC(分類)
- 369.44
- 請求記号
- 369.44/Su28
- 保管場所
- 閉架一般
- 内容注記
- 昭和館デジタルアーカイブ
はじめに
第一部 黒竜江省の孤児たち
母が射殺され、孤児に
北山大廟でひろった赤ちゃん
姉に背負われ、任家へ
「孤児夫妻」
息子の嫁に!!と請われて
日本敗戦は母の腹の中で
生後一ヵ月で孤児に
孤児院で育った幼女
方正県で兄姉三人が孤児に
養父母の孝行娘
馬小屋で、母は日の丸を渡した
養母が帰国同意書を書く
四十年間、秘密に育てる
私は「トシ子、三ツ」
中国語が話せず外出禁止
周恩来総理の入籍許可証書
密山駅列車爆破事件の生残り
養母がいじめ、全身に傷
実母の薬代、千五百元で
養父母が打明けずに病死
森の中に置き去りにされて
実母に返さなかった養父母
“体験帰国”はできないか
医者になった孤児
第二部 吉林省の孤児たち
私が死んだら実母を捜せ
実父が明月鎮で預ける
母が突然亡くなって
空家の中で泣いていた“小蘭”
道で一人ぽっちで泣いていた
学芸会で日本兵をやらされた
解放軍兵士にひろわれた娘
母は暴漢に襲われ姿を消す
母と四人、小廟で暮していた
スキー選手になった孤児
食うものも食わずに大学へ
露店の屋台に置き去りにされ
元売春婦と講談師に育てられた
生母に食糧を渡して
母は「夫を捜しに」と姿消す
日本に定住、母を捜します
養父母を捨てて帰国はできない
第三部 遼寧省の孤児たち
実母から逃げて、孤児に
養父母に八十元を渡して
母が病死、乳母を雇う
養父は独身を通した
三人の養父母を転々と
一瞬、母と弟にはぐれて
養父は文革で弾圧され、死ぬ
撫順の石炭山に捨てられて
「あの子は死んだ」と言われ
ひとにぎりのアヘンと交換
「無実の罪」で十二年投獄
養父は文革で農村へ下放
食堂で日本婦人が預ける
奉天駅北側の天橋で泣いていた
病の母、育てる自信なく
撫順の難民収容所で
心が離れるのが怖かった
幼いときは裕福に育ったが
実母が残した「文」も紛失
三人の養父母
スパイ容疑で下放
何度も両親を恨んだ
養父は撫順の警察官
京劇団員になって
奉天の山東廟近くで
小学校にも行けずに
葉落帰根・晩年は日本で終りたい
第四部 東北三省以外の孤児たち
奪われ、中国各地を転々
落ちついたら必ず迎えに来る!!
いじめられ、山東省の農村へ
高粱畑でひろわれた「大地の子」
瀋陽の街で盗まれて
処罰を恐れ、山東省へ
三年後、きっと迎えに来る…と
罪深き日本人、娘の罰は私に…
兄姉弟三人が孤児に
市街戦の中に父は消えた
養父は「日本協力」を苦に自殺
洛陽市などを転々
長春から北京市へ
天津で消えた孤児
第五部 中国孤児の背景
「身元は判明しない方がよい」
私は日本に帰らない!! 紅衛兵になった孤児
五十年後、自分を見つけた孤児
東安駅列車爆破事件の傷痕 ソ連軍侵入第一通報者の証言
「妹」
子捜し五十年、空しく逝った公文さん
佐渡開拓団跡での惨事
孤児になれなかった二児
白山郷開拓団の悲劇
麻山事件
葛根廟事件
生きているのに、死亡宣告
帰国孤児政策の検証
ドラマ「大地の子」の間違いをただす会
中国残留邦人・国籍の考察
私たちは侵略戦争の産物です
あとがき
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