太平洋戦争新聞
序章 太平洋戦争前夜
昭和14(1939)年9~12月 ドイツ軍、ポーランド急襲 第二次世界大戦勃発 ノモンハン事変の停戦成立 責任をあいまいに 物価高騰を防ぐため、九月一八日の物価で凍結
昭和15(1940)年1~6月 ドイツ軍、パリに入城 休戦協定成立へ 親英米派の米内内閣が成立 陸軍対策がカギに 反軍演説した斎藤議員の除名決議が衆院で可決
昭和15(1940)年7~12月 日本軍、北部仏印に進駐 援蒋ルート遮断が目的 日独伊三国同盟を締結 アメリカの参戦を牽制 皇紀二六〇〇年祝典開催 東京はお祭りムード一色
昭和16(1941)年1~5月 難航する日米交渉 野村大使とハル長官が会談 「戦陣訓」を示達 生きて虜囚の辱を受けず 日ソ不可侵条約を締結 日本は北の安全を確保
昭和16(1941)年6~8月 日本軍、南部仏印に進駐 英米との摩擦深まる アメリカ、対日石油輸出を禁止へ 資産も凍結 ドイツ軍、ソ連に進攻 独ソ不可侵条約を破る
昭和16(1941)年9~10月 東条英機内閣が誕生 開戦の危機が高まる 長沙作戦に成功 蒋介石軍三〇万を掃討 ドイツ紙特派員ゾルゲをソ連スパイとして逮捕
昭和16(1941)年11~12月7日 アメリカ、実質的な最後通牒ハル・ノートを提示 御前会議で開戦を決定 天皇の意向いかされず モスクワでソ連軍の反撃開始
第一章 日本の快進撃
昭和16(1941)年12月8日 ハワイ真珠湾奇襲に成功 米太平洋艦隊に大打撃 マレー上陸作戦開始 シンガポールを目指す フィリピン航空攻撃が成功 濃霧が幸運を呼ぶ
昭和16(1941)年12月9~31日 マレー沖で英戦艦を撃沈 海戦の常識を覆す戦果 ウェーク島の攻略に成功 機動部隊の援護の賜物 巨大戦艦「大和」が竣工 日本連合艦隊の象徴に
昭和17(1942)年1月 マニラ占領 米軍、バターン半島に立て籠もり 南方資源の獲得すすむ 安定確保が今後の課題 様変わりしたお正月 門松も少ない街
昭和17(1942)年2~3月 シンガポール陥落 イギリス司令官、無条件降伏 オランダ領東インドの制海権を日本が掌握 マッカーサー、反攻を誓ってフィリピン脱出
昭和17(1942)年4月 セイロン島コロンボを空襲 空母・重巡を撃沈 フィリピンの米軍降伏 バターン半島を制圧 米軍、日本本土を初空襲 東京の犠牲者は三九人
◎戦時報道ウォッチング
第二章 南太平洋の死闘
昭和17(1942)年5月 珊瑚海で海戦 ポートモレスビー攻略作戦延期へ 第二一回総選挙 翼協推薦候補が大勝 「隼」戦闘隊の加藤中佐、ビルマで墜落死
昭和17(1942)年6~7月 ミッドウェーで日米が海戦 日本海軍歴史的大敗 泰緬鉄道の工事着工 全長四一五キロの大工事 対ソ参戦を見送り ドイツの要請を拒否
昭和17(1942)年8~9月 ソロモン海で激闘 米軍、ガダルカナル島に上陸 満州国建国一〇周年 新京・東京で記念式典 日本軍、ガダルカナル島の奪還に失敗
昭和17(1942)年10~11月 サボ沖海戦で日本敗北 レーダーで動き丸見え!? 南太平洋で海戦続く ガ島飛行場の奪回には失敗 米軍、ニューギニアのブナ島に上陸 反攻開始
昭和17~18(1942~43)年12~翌1月 ガダルカナル島から撤退決定 消耗戦を回避 ブナの日本軍全滅 最後の守備兵が玉砕 タバコが大幅値上げ 増税も決定で生活を圧迫
昭和18(1943)年2~3月 ダンピール海峡で輸送船団全滅 犠牲者三三〇〇 ガダルカナル島から撤退完了 大本営発表は転進 第三八回陸軍記念日の標語「撃ちてし止まむ」
昭和18(1943)年4月 山本長官戦死 ブーゲンビル島の上空に散る 暗号解読の疑惑 山本長官の視察は筒抜け!? ワルシャワ・ゲットーでユダヤ人が決死の蜂起
◎戦時報道ウォッチング
第三章 果てしなき消耗戦
昭和18(1943)年5~8月 アッツ島の守備隊玉砕 アメリカ軍、意地の奪還 戦艦「陸奥」爆発沈没 真相は解明されず 敵のレーダーに察知され、ベラ湾夜戦完敗
昭和18(1943)年9月 イタリア降伏 同盟の一角が崩壊 御前会議で絶対国防権を決定 ラバウルは圏外 労働力確保のため、学徒も婦人も工場へ
昭和18(1943)年10~12月 雨中の神宮外苑で出陣学徒壮行会 大東亜会議開催される 共同宣言を採択 米軍、ギルバート諸島のマキン・タラワを占領
昭和19(1944)年1~2月 アメリカ機動部隊、トラック島襲撃 基地が壊滅 毎日新聞記者が政府批判 激怒する東条首相 東条首相、参謀総長を兼任 憲法違反の疑い
昭和19(1944)年3~4月 インパール作戦開始 無謀な作戦との批判あり パラオ壊滅 待避中の古賀司令長官機が行方不明 ラバウルの孤立化すすむ 航空隊も解散状態
◎戦時報道ウォッチング
第四章 悪化する戦局
昭和19(1944)年5~6月 マリアナ沖で大海戦 米軍の新兵器に敗れる 「史上最大の作戦」決行 連合軍、ノルマンディへ 学校を軍需工場に 学徒の勤労は教育なり
昭和19(1944)年7~9月 サイパン陥落 本土への空襲を覚悟 インパール作戦中止 退却兵の行き倒れ多数 雲南戦線で日本軍守備隊玉砕 「絶作戦」失敗
昭和19(1944)年10月1~21日 台湾沖航空戦での大戦果 じつは大誤報だった 米軍がフィリピンに上陸 日本「マレーの虎」を投入 「忠犬ハチ公」も出征 何に生まれ変わる?
昭和19(1944)年10月22~31日 フィリピン沖で日米艦隊が激突 西村艦隊壊滅 栗田艦隊、謎の反転 「おとり作戦」は失敗 「神風特攻隊」誕生 体当たりで米空母を撃沈
◎戦時報道ウォッチング
第五章 本土決戦の危機
昭和19~20(1944~45)年11~翌2月 風船爆弾で米本土を攻撃 効果は不明も費用は膨大 本土決戦に向けて新体制 国民義勇隊の結成も 愛知・三重・静岡に大地震 マグニチュード八・〇
昭和20(1945)年3月 東京大空襲 無差別絨毯爆撃で死者八万人以上 東京都下の硫黄島が陥落 大本営に打つ手なし 慶良間群島に米軍上陸 秒読みに入った沖縄攻撃
昭和20(1945)年4月 沖縄に米軍上陸 嘉手納と読谷の飛行場を占拠 鈴木貫太郎内閣が成立 「屍を越えて」と演説 戦艦「大和」沈没 終焉迎えた連合艦隊
昭和20(1945)年5月 ドイツ、無条件降伏 ヨーロッパ戦線が終結 鈴木内閣、終戦工作を決定 仲介役はソ連だが… 皇居が地下にもぐる!? 長野に建設中の大地下壕
◎戦時報道ウォッチング
第六章 戦争終結へ
昭和20(1945)年6月 沖縄戦、事実上終了 県民は降伏を拒否 花岡鉱山で強制労働の中国人労働者蜂起 アメリカ軍のB29、北海道に初飛来
昭和20(1945)年7月 連合軍、ポツダム宣言発表 日本に降伏勧告 アメリカ、新型爆弾の爆破実験に成功 本土決戦準備のため、国内各地で軍の部隊移動
昭和20(1945)年8月1~14日 広島に原子爆弾投下 市街地消滅、数万人が即死 ソ連、日本に宣戦布告 和平交渉の望みむなしく 長崎にも原子爆弾 人口の三分の二が死傷
昭和20(1945)年8月15~30日 ポツダム宣言を受諾 玉音放送で戦争終結を告知 陸軍将校がクーデター 皇居を一時占拠 連合国軍最高司令官マッカーサーが来日
昭和20(1945)年9月 降伏文書に調印 太平洋戦争が正式に終結 戦争犯罪の追及を開始 東条元首相を逮捕 天皇がマッカーサーを訪問 並んで写真を撮影
◎戦時報道ウォッチング
・地図
・参考文献