図書ショウワシ ノ グンブ ト セイジ000046165

昭和史の軍部と政治 3

サブタイトル1~10
太平洋戦争前夜
編著者名
三宅 正樹 [ほか]編
出版者
第一法規出版
出版年月
1983年(昭和58年)8月
大きさ(縦×横)cm
20×
ページ
xii,282p:挿図
ISBN
NDC(分類)
210.7
請求記号
210.7/Sh97/3
保管場所
閉架一般
内容注記
太平洋戦争関係図:p276-277
和書
目次

目次
はしがき
第1章 日独伊三国同盟と軍部(義井博)
日独伊防共協定締結と大島外交
日独接近の発端
日独防共協定とソ連
陸軍武官と海軍武官
日独伊防共協定の成立

防共協定強化問題と陸海軍の対立
交渉発端の事情
笠原携行案と五相会議の紛糾
ヒトラー・スターリン協定締結

海軍の政策転換と日独伊三国同盟の成立
ヒトラーの大陸制覇とその衝撃
海軍、賛成を表明
スターマーの独断的処理

日独伊ソ四国協定構想とその崩壊
日本側の四国連合構想の起源
四国協定の締結交渉
ドイツ外交の二つの路線

三国同盟と対米開戦
枢軸同盟離脱問題
参戦の口実としての枢軸同盟
ヒトラーの対米開戦動機
第二章 第次大戦とヒトラーの戦略(村瀬興雄)

ドイツの外交政策を決定した諸集団
『わが闘争』におけるヒトラーの戦略
第三帝国内のいろいろな集団
リッベントロップ
ゲーリング
好戦派と平和派

イギリス・ドイツ関係の変遷
宥和政策の経済的背景
対ポーランド戦と対フランス戦

英本土上陸作戦
あしか作戦
英本土上陸作戦の失敗
北アフリカ・バルカンの戦闘

ソ連邦とドイツの関係
ドイツ・ポーランド関係
独ソ不可侵条約への道
三国同盟と四国同盟
ヒトラー・モロトフ会談

ナチス体制の性格とヒトラー崇拝
画一化されなかった社会
民衆にとってのヒトラー
第三章 軍部と南方進出(塩崎弘明)
国策としての南進
大陸政策と南進の系譜
石原構想と南方資源

日中戦争と海南島攻略
対ソ政策と中国戦線
太平洋上の「満州事変」
ノモンハンと「軍備充実」

「奇妙な戦争」の終わりと南進便乗策
援蒋ルートの遮断
「バスに乗り遅れるな」と「隠れ北進論」

ヨーロッパ戦線と北部仏印進駐
「フランス敗れたり」
英米可分論

大東亜共栄圏政策と資源確保
「日満支」圏プラス南進策
「二月の危機」と太平洋の宥和
蘭印の石油

「関特演」と南部仏印進駐
軍部の「ジリ貧」感
独ソ戦と対英米蘭開戦への道
第四章 日米交渉と軍部(須藤真志)
岩畔グループと日米了解案
二人の神父と井川忠雄
岩畔大佐の渡米
日米了解案の作成
陸軍の対応

松岡外交と軍部
ベルリン、モスクワの旅
松岡の独り舞台
松岡の抵抗

南進政策と日米交渉
南進の決定
松岡辞任
第三次近衛内閣
南部仏印進駐とアメリカの反応

日米首脳会談の提唱
近衛の意図
アメリカの反応
ABCDライン

東条内閣と日米交渉
東条へ大命降下
ハル・ノート
天皇親電問題
第五章 宮廷勢力と軍部(奈須田敬)
”四面楚歌”の陸軍
一人のクレマンソーも無きに似たり
星野直樹の”陸軍四面楚歌”論
陸軍に冷淡な宮中グループと海軍
”ドイツ軍パリへ”で蘇生した陸軍

”宮廷草命”の主役木戸幸一
出処進退は近衛に一任
内大臣は宮中グループのカナメ
米内内閣打倒の”クーデター”
近衛・木戸時代の幕あき

”運命論者”近衛文麿の元老批判
洞察力に富んだ近衛の『欧米見聞録』
アメリカに湧きあがる”排日の妖雲”
近衛、革新路線を突っ走る
”現状維持の妖雲”は元老西園寺

”輔弼制国家”日本の悲劇
統帥権の壁に当たった内閣総理大臣
天皇を誤らせた宮廷グループ
そして責任者は誰もいなくなった・・・
御前会議とは”空虚な儀式”か

虎穴に入って”東条”を得る
”累を皇室に及ぼさ”ない宮廷の論理
木戸は皇室を守り抜いたが・・・
第六章 日米東アジア観の相克(三輪公忠)
太平洋上の対決
戦争目的の国際比較
歴史の連続性
日米関係の出発
「報復」の均衡

近代日本と国際環境
縁辺の日本
近代的国民国家へ
「徳治主義」と「内地化」
北辺の脅威と領土的補償

門戸開放政策と東アジア
日米の国境観念の相違
法律主義と道義主義
「生成中」の国境

民族自決の原則と現実
ウィルソンの矛盾
アメリカの中国非国論
アメリカの期待と危倶

アジアへの回帰
対等同盟の提唱
アメリカを敵視して
人種主義と残虐事件
「反軍演説」の真意
大東亜共栄圏の理念と現実

「大東亜戦争」の意味
人種主義の解毒
戦後への連続
達成された戦争目的
特別資料 仏印進駐と澄田機関の活動(澄田來四郎)
解説
序言
北部仏印進駐
タイ、仏印国境紛争と現地停戦調停
援蒋軍事物資の押収と日本への移送
南部仏印進駐
結言

太平洋戦争関係図
人名索引