図書アオヤマ ガクイン ト ヘイワ エノ メッセージ000043838

青山学院と平和へのメッセージ

サブタイトル1~10
史的検証と未来展望
編著者名
青山学院大学プロジェクト95 編者
出版者
雨宮剛
出版年月
1995年(平成7年)8月
大きさ(縦×横)cm
21×
ページ
745p:挿図
ISBN
NDC(分類)
377
請求記号
377/A58
保管場所
閉架一般
内容注記
和書
目次

まえがき(淀祐一)
序章 青山学院が青山学院であるためには(気賀健生)

1 事件の真相
◇<座談会>断髪令反対闘争(米花健郎,関口邦平)
ストライキ(未遂)事件(望月慶太郎,富岡協一,大木金次郎)
移籍生が見た明治学院との統合(風間寿男)

2 キリスト教はいずこへ
◇<座談会>キリスト教をとり戻そう(木田献一,関田寛雄,田中順一)
二一世紀に向かう「基督教主義大学」の課題(木田献一)
キリスト教教育の挫折と希望(関田寛雄)
弱き者よ、汝の名はクリスチャン(栗林一路)
教団の戦争責任告白を担って(『王道』「病床から」より)(鈴木正久)
第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白
『喜びの日も涙の夜も-鈴木正久聖想三六六日』を読む(吉村庄一)

3 それぞれの戦争(戦後)体験
<インタビュー>青山学院の思い出(坂井三郎)
五三年目の真実(『零戦の運命』より)
我が空戦記(中川鎮之助)
私の青春と潜水艦(今泉義夫)
戦争中の青山学院と学徒出陣(大川信夫)
原爆「紙」一重(河合靖生)
軍需工場での終戦(隅田雄二郎)
兄弟三人の青山(和田忠太)
石塚糠四郎君とその母堂(吉村庄一)
陸軍特別攻撃隊員・石塚糠四郎氏のこと(関田寛雄)
「戦争」その悲しみの軌跡(赤木きのえ)
すべて撃ち壊す戦争という愚行(清水多美子)
戦争の傷痕(西村貞子)
私の戦争体験(今井良子)
真珠湾攻撃の前後(田島信之)
投獄、そして拷問(藤田正武)
<インタビュー>マンザナール収容所体験と青山学院(鯰江宏)
教師歴合計十年-ある老教師の思い出(関口邦平)
戦後秘話-日本の危機とララ物資(三木弘)
◇<座談会>青山学院の学童疎開(青山学院初等部第四期生有志)
米山梅吉先生と集団疎開前後(小宮山伍助)
◇<座談会>勤労動員と女学生達の青春(女専・女子部卒業生有志)

4 暗雲と恩師たち
父-古坂嵓城-のこと(上田睦子)
舎監としての亀徳先生(吉田登)
軍服姿で説教壇に立つ浅野順一牧師(田中順一)
「緑信会」でつながる友ら(西村一之)
緑岡幼稚園(一九三七~一九四四)(大里喜美子)
「人にされてよかったと思ったことは、人にもしてあげましょう」(金井美奈子)
ハーカー先生と『日本日記』
『日本日記』(一九三九~一九四三)(抜粋)(R・ハーカー)
私の第一印象(R・ハーカー)
百年後の青山(R・ハーカー)
十二月八日のハーカー先生(山口太郎)
わが母校(山本七平)
◇小野徳三郎先生を偲ぶ
小野徳三郎院長の慧眼に敬服(田中順一)
感謝と祈りと伝道の人(島村亀鶴)
父、小野徳三郎の生涯(小野忠信)

5 戦争責任と謝罪
〈インタビュー〉自分はいつも正しいか(山本七平)
ひとりひとりの中国人に詫びよう(大西洋)
兵隊になるまで(『みんなが知っている』より)(藤原審爾)
◇草の根平和講演会の記録
泰緬鉄道と日本の戦争責任(永瀬隆)
克服できないでいる戦争体験(渡部良三)
〈シンポジウム〉十五年戦争、加害者としての視点(中国帰還者連絡会)
日中戦争と私の反省と視点〈基調講演〉(絵鳩毅)
慙愧!戦地陸軍病院での生体解剖〈証言〉(湯浅謙)
パネルディスカッション
連合軍戦没捕虜追悼礼拝について(高木茂希)
平和の礎‐追悼の辞(関田寛雄)

6 朝鮮・台湾出身学徒兵たちの声
朝鮮・台湾出身学徒兵の調査について
今宵も星 風に吹かれて(北田道也)
戦時下の青学にいた私(頼登山)
我が若かりし頃の青山学院回想録(朴閏玉)
私が学んだ青山学院(金英実)
韓国人卒業生の一証言(趙善出)
雑炊の味(姜鳳秀)

7 未来への足音
◇次世代を担う若者たちの活動報告
フィリピン・タイ体験学習(水島孝司,楡原由紀子,田中祥一,松浦祐子,羽豆拓夫,曾根亨一,遠藤信子)
沖縄の心を知る旅(木村緑,遠藤信子,福田殊和)
◇〈座談会〉留学生はいま
◇〈座談会〉いま希望はどこにあるのか‐国弘正雄氏を囲んで
青山学院大学プロジェクト95参加者・協力者紹介
声明 平和への情熱

8 『青山学院と出陣学徒』についての書評・感想

あとがき(雨宮剛)
資料編
『青山学報』『青山学院報』に見る戦争関連記事
回想・追悼・手記・書簡・戦没状況・軍歴など
戦争責任告白・声明集