図書目録タチカワ ノ タテモノ ソカイ ノ キロク資料番号:000040779

立川の建物疎開の記録

サブタイトル
立川の昭和史;第1集
編著者名
立川市教育委員会 著者
出版者
立川市教育委員会
出版年月
1996年(平成8年)3月
大きさ(縦×横)cm
21×
ページ
243p
ISBN
NDC(分類)
213.6
請求記号
213.6/Ta14/1
保管場所
開架一般
内容注記
付(図1枚 袋入)
昭和館デジタルアーカイブ
和書
目次

はじめに

第1章 疎開とは

第2章 建物疎開の背景
 立川駅北口の発展
 航空機の発達
 戦況の推移

第3章 東京都の建物疎開

第4章 立川市の建物疎開
 昭和十九年八月の疎開―第一次建物疎開
 昭和二十年八月の疎開―第二次建物疎開

第5章 緑川の開削と建物疎開
 排水路の開削
 緑川両側の道路工事と緑川の完成

第6章 建物疎開の体験を語る
北口駅前と仲町通り西側
 北口駅前の角地にあった「立川土地」(本多静子)
 牧水の歌に詠われた茶店(猿渡敬子)
 立川駅前「東雲閣」(馬場寿夫)
 (島田幸子)
 (田中友子)
 憲兵隊の隣で鳥肉店を(高田トミヨ)
 日露戦争のすぐあとから立川で(鈴木春吉)
 無我夢中の毎日(西勝はな子)
 疎開先きが空襲で全焼(尾又武雄)
 通算七十七年の店を閉店(浅見ユキ子)
 「何苦礎」と頑張った(中村定夫)
 味にこだわり続けて(三上豊子)
 (三上丈夫)
 二度も召集されて(森田直四郎)
吾妻町通りと仲町通り東側
 一足先に錦町へ移転(井上兼次)
 吾妻町通りの疎開(遠藤道好)
 我が家のところまでが疎開(広島貞三)
 立川で三番目の薬局(菅屋忠正)
 創業九十五年の「丸屋呉服店」(伊藤平八朗)
 間口が一〇間のお店だった(尾崎知子)
 沖縄から帰ってきた(森沢富蔵)
 二度も疎開に(久保シマ)
 (久保貴)
 (吉川敬子)
 綱で引き崩した疎開の家(斎藤照子)
 夜店通りの角の煙草屋(浅見正雄)
 お国のために「敵前疎開」(中里一浩)
 裏の植木畑に家を曳いた(福井志夫)
 「キッコー安」の村野酸造場(村野延子)
 (村野安成)
 父の時代、子の時代(岡部良夫)
 車に夢と愛を抱いた男たちの店(川口功)
 立川飛行機工場周辺の疎開(寺本政)
 (山川ナオ子)
第二次建物疎開の体験
 吾妻町通りの「苅田刀剣店」(苅田
有雄)
 東京日日新聞販売店(福井孝江)
 (桜井林子)
 (荒井ミヤ子)
 (斉藤久恵)
 (野中敬子)
 (星野棋子)
 (岡部資子)
 「ナイモノハナイ」大黒屋洋品店(浅見恵三)
 (浅見吉雄)
 真っ先に取り壊してしまった(木宮絹江)
 柱一本だけが残った(木村タカ)
 線路から一〇〇メートルの範囲が疎開(宮城音蔵)
 キネマ通りで建物疎開(土井鼎)
緑川開削工事のための疎開
 夜店通りの「小沢三療堂」(山城京子)
 緑川に前面を削られた(中村竜巳)
 二小の東門の前にあった(武藤昭作)
 十九年十二月二十八日に引越し(水村二郎)
 (水村光枝)
 緑川と行政学会印刷所(田中保造)
 多摩荘も緑川の工事で疎開(小林傑)
関係者の証言
 「疎開二関スル事務ヲ嘱託ス」(真壁晴雄)
 元立川市役所土木課長(宮本宮次)
座談会「建物疎開の体験を語る」
(竹内二郎/江口耕一/高橋実/田中健/岡崎清平/籏野和良)

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 曙町二丁目の人口の推移
 日通と丸通
 多摩中央信用金庫小史
 当時の物の値段ー
 当時の物の値段2
 詩人尾崎喜八と立川
 曙町にあった大鷲神社
 華やかだった夜店通り
 預金封鎖
 立川鵬翼工作隊
 昭和第一学園高等学校小史
 文化住宅・多摩荘

あとがき・協力者氏名・参考文献

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