昭和日記 2
序文(野田編集室代表)
もう悲劇を繰り返してはならない
もう悲劇を繰り返してはならない ―軍国の母 三里木報国農場と熊本大空襲(家入逸郎)
二つの空襲 ―B29の大編隊、真の武人・梅田大佐(古閑孝之)
一九四五年八月一五日 ―アメリカ軍が来てもよかじゃなかか(吉野静雄)
忘れえぬ師・友・故郷 ―済々黌の生活
故郷忘じがたく候 ―「ぜいたん河童」(江本文政)
甲子園の思い出 ―ノーヒットノーラン達成(大田黒治男)
斯道文庫の狂詩曲 ―音楽サークルそして海外音楽巡礼の旅(楠希励)
忘れられない恩師の教え ―柏原、河添、栗原先生の言葉(米村司)
三年五組 ―焦土の済々黌と栗原先生(太田英義)
忘れ得ない言葉 ―森、太田、栗原先生(加茂郁夫)
戦後五十年済々黌の想い出 ―藤田八郎先生と草創期のハンドボール部(白石照男)
漢文―柏原省三先生の宿題(田島喜一)
恩師友枝竜太郎先生と共に ―高校三年四組の一生徒として(松田隆美)
文化祭出品作品 ―清水天山先生のご指導(松浦竹伸)
済々黌に想う ―大きな自信を与えてくれた人間教育(岩永啓)
忘れ得ぬ友 ―感謝の気持ちを込めて(工藤泰生)
敗戦直後の私 ―太田先生の心配(永畑恭典)
済々黌の「大くすのき」の思い出 ―熱か、熱か、心も体も熱か(中山純郎)
貴乃花の結婚式 ―吉田司家・二十四世追風の生徒として乾杯(田島義博)
済々黌から社会へ・激動の昭和戦後五十年史 ―多士の人生百花繚乱
三綱領が支えた五十年 ―細川知事と三セク鉄道(矢野光晴)
我が生涯の三綱領 ―四十年間税務一筋(春日一郎)
なつかしき中学済々黌時代より戦後五十年節目の年まで(高橋武男)
平和の尊さ ―鉄道車両を友として(原純)
戦中戦後を顧みる ―土木一筋に生きて(得能悦郎)
わが半世紀の足跡 ―子飼商店街の繁栄のために(託摩健治)
入試と終戦前後の思い出 ―黌友の連帯感(出田英幸)
つぎはぎの記 ―護煕少年の家庭教師も(武藤正)
三つ子の魂百まで ―財津一家と済々黌(財津永量)
エネルギー産業に身を投じて ―石炭・石油の渦中を泳ぐ(垂水健次)
私の昭和日記 ―浮利を追わず(岡本英男)
アテネでの済々黌同窓会 ―活躍する多士と連携(織義弘)
トンツートンツー船乗り人生 ―世界を股に三十六年(中橋卓雄)
人間イタルトコロニ青山アリ ―わが人生に悔なし(野田皓久)
電気と共に ―国際会議の舞台裏(橋本英昭)
お上りさんと進駐軍 ―大都会と異文化に揉まれて(松田正允)
済々黌から五十年 ―父・蓮田善明の最後の便り(蓮田晶一)
激動の昭和・私の歩み ―医学の家を継いで(多賀進)
戦後五十年同窓との出合いと別れ ―障害者への行政とライフワーク(入江昭明)
越し方振り返れば ―精神障害者の良き理解者として(池尻(松田)稔)
画室の繰り言 ―詩的幻想画を語る(江口まひろ)
帰らざる河 ―バスケット部鬼のコーチの万歳(吉永惟昭)
熟年の弁
吾が名はガンジー ―人生開き直りの弁(中尾雄策)
無題 ―肥後狂句で綴る戦後五十年(鈴木然生)
黌友と遊ぶ又楽しからずや ―世界の海を潜る(鳥井恒男)
教えて知る、教えることの難しさ ―先生も子供も手抜き、親は安心(山本喜重郎)
心のふるさと済々黌 ―北九州市議会議員となって(青山幸雄)
英語の半生 ―進駐軍、日銀時代そして熟年の今(中村建生)
日本を考える ―体験を振り返って
戦前・戦後を顧みて ―満洲国から済々黌へ、叔父・森慈秀氏を想う(渡辺勝信)
私の人生の歩みについて ―念仏を世界に、子や孫に(松本亮生)
八月十五日に思う ―本当の豊かさとは何なのか(石村慶一)
回顧と反省 ―日本の農業(酒井挌)
塞翁が馬 ―お互いに元気でね(深水明)
六十五歳になって ―県庁勤務三十年の反省(徳永茂)
奉安殿七十年略史あり、グラビアあり、写真あり、執筆者住所録あり