図書タマデン ガ ハシッタ マチ コンジャク000037771

玉電が走った街今昔

サブタイトル1~10
世田谷の路面電車と街並み変遷一世紀 JTBキャンブックス 鉄道 12
編著者名
林 順信 編著
出版者
JTB
出版年月
1999年(平成11年)9月
大きさ(縦×横)cm
21×
ページ
174p
ISBN
4533033059
NDC(分類)
686
請求記号
686/H48
保管場所
地下書庫和図書
内容注記
対談:宮脇俊三 執筆:田中登ほか 文献あり 年譜あり
和書
目次

「たまでん」が走った風景今昔
玉電のある街並この三十年
渋谷
傾斜地に栄えた私鉄の町
三番線まであった玉電渋谷駅
専用軌道には昼顔が咲いていた
上通
路面電車の風格があった
大坂上(上通~大橋)
富士の見えた絶景も今は絶望
歩道橋から激変の街を見下ろす
氷川神社前(上通~大橋)
山手通りからトロリーの架線が交わる
大橋
大坂ゆえに大橋なのかな
車庫前の複雑なポイントに魅力
大橋車庫
庶民的な街なかの車庫
池尻(玉電池尻)
一直線の上り勾配を行く
三宿
大山道の宿場は北宿・本宿・南宿
太子堂(三宿~三軒茶屋)
玉電沿線もう一つの顔
三軒茶屋
玉電最高の見せ場は三軒茶屋
大山道の追分に茶屋が三軒あった
庶民的な盛り場としての三茶
中里(玉電中里)
一望千里の専用軌道
上馬
鎌倉時代の御狩場が地名に
真中
タルゴ車は玉電の人気者だった
駒沢
狭い道路に似合っていた玉電
玉電沿線中の主要地点
新町一丁目(駒沢~新町)
街角から富士山が眺められた
新町
生活感あふれる旧玉電通り
玉電沿線は住宅地の買物の町
新町~桜新町
サザエさん通りの様変わり
桜新町
文化住宅地の先駆者は桜新町
このあたり植木屋多しとメモに記す
桜新町~用賀
旧街道の名店も消えて
とりすました新坂の表情
用賀
折り返し線と側線もあった用賀駅
瀬田(玉電瀬田)
新旧二つの顔を持つ瀬田
絶景を迎える心のときめき
○○○
瀬田~二子玉川園
昔の面影残る瀬田の旧道
行善寺坂わきの下り専用軌道
想像もつかないこの変貌ぶり
二子玉川園
「ニコタマ」と呼ぶ若者が闊歩する町
駅構内の配線は表情豊か
美しきカーブが伝える廃線跡
砧線 二子玉川園
砧線の原風景は緑と水の田園風景
二子玉川園~中耕地
中耕地への一直線は商店街へ
中耕地
直交形に整理された新開の地
吉沢
野川を渡る鉄橋風景は貴重だった
伊勢宮河原~大蔵
砂利運びの枝線を探偵する
砧本村
終点近く、名松は枯れず
渋谷の移り変わりを見続けて(宮脇俊三、林順信)
渋谷の街の変遷(林順信)
玉電外史(関田克孝)
世田谷線(高井戸線) 三軒茶屋~下高井戸
三軒茶屋
仕事きっちり三茶の玉電
西太子堂
聖徳太子ゆかりの駅名
若林(玉電若林)
天下の公道を悠々と横切る
松陰神社前
駅前商店街が参道のはじまり
世田谷
中世の城下町世田谷下町だが
上町
検車区をも兼ねる上町の駅
宮の坂
デハ80形のスリーショット
山下(玉電山下)
山下駅ではのどかな乗り換え風景
松原(玉電松原)
「信じられなーい」四十五年前の松原
下高井戸
甲州街道の活気をそのままに
天現寺線渋谷~天現寺橋
中目黒線 渋谷橋~中目黒
溝ノ口線 二子玉川園~溝ノ口
玉川電気鉄道の関連事業(塚本雅啓)
地形図で見た玉電の路線変更(今尾恵介)
東急玉川線車両ガイド(田中登)
たまでん考古学(浅野明彦)
年譜