朝日新聞に見る日本の歩み 大正13年-15年(屈折のデモクラシー5)
大正13年
1月
清浦奎吾子爵に組閣命令
清浦特権内閣成立
第二次護憲運動スタート
神奈川県下に激震
政友会、清浦内閣に反対
政友会、真っ二つ
国民党一全大会開く
レーニン氏死去
英で初の労働党内閣誕生
摂政官ご結婚
摂政ご結婚写真特集
政友脱党組が政友本党結成
英、ソ連を承認
2月
三党首の乗る列車転覆未遂
衆院休憩中に解散
憲政擁護大会で警官と衝突
護憲全国記者大会を開催
丹那トンネルでまた惨事
英米両市場で外債成立
首相、宗教界代表と懇談
火災保険会社へ資金助成案
護憲三派が選挙協調声明
3月
大論戦の日農大会
「差別打破」の気勢
火災保険貸付勅令案を撤回
暴落続く為替相場
海軍工廠の御用組合発足
『枢府と内閣』を連載
4月
労組から初の労働代表
ファシスト、絶対多数獲得
初の農民デー
独賠償合理化にドーズ案
米下院、排日移民法案可決
米上院も新移民法案を可決
米の排日に世論沸騰
築地小劇場を建設
5月
メーデー歌高らかに
海軍工廠で数千人整理
総選挙に大物の明暗
護憲三派が圧勝
仏総選挙で左翼連合勝つ
北京で日ソ国交樹立交渉
排日移民法ついに成立
6月
中国、ソ連と国交樹立
米移民法に抗議の割腹
清浦内閣総辞職
護憲三派内閣が成立
マテオッティ事件で伊騒然
政友本党総裁に床次氏
コミンテルン大会に日本人
難航の日ソ交渉
KKKの狂信的リンチ
小作調停法を制定
7月
加藤首相、普選実現を公約
元老松方正義公爵死去
大阪市電スト
織田選手が陸上初の入賞
衆院、貴族院改革を建議
五輪水上四種目に入賞
貨物船の五十余人死亡
大礼丸の百数十人水死
日農、小作調停法に反対
8月
ぜいたく品に百%の輸入税
入山炭鉱でガス爆発
完成した甲子園で中等野球
中等野球に広島商業優勝
復興局疑獄事件が発覚
9月
ドーズ案成立
大震災一周年記念日
アナキストの凶行
夜店・銀ぶら・耳かくし
普選案の大綱きまる
中国の内戦激化
孫文大元帥、再び北伐
第二次奉直戦争始まる
与党三派が行財政整理案
軍縮推進の平和議定書
初の世界一周飛行成る
10月
総同盟関東大会もめる
内閣に貴院制度調査委員会
馮玉祥軍クーデター
神宮外苑競技場が完成
“赤い手紙”に揺れる英国
仏もソ連承認
小作人、鴻池邸へデモ
11月
第一回体育デー
米大統領にクーリッジ氏
難波大助に死刑判決
中国臨時執政に段祺瑞氏
行政整理で全官吏に訓示
孤立のトロツキー氏
孫文氏、大アジア主義強調
12月
宣統帝、日本公使館に避難
小作調停法実施
五高の社研に解散命令
普選法政府案まとまる
小樽でダイナマイト惨事
大正14年
1月
訪欧飛行計画を発表
軍事教育実施を決定
労働争議調停法を立案
トロツキー氏罷免
日ソ基本条約調印
学生の教練反対デモ禁止
2月
衆院で乱闘、流血騒ぎ
群馬で未解放部落焼き打ち
治安維持法案反対の気勢
治安維持法案まとまる
閣議で貴族院改革案きまる
治安維持法案で大論戦
枢密院で修正の普選案提出
破局の高田商会
普選案上程で緊張の院内外
3月
ラジオの第一声
衆院、普選案を修正
衆院、治安維持法案を可決
孫文氏死去
英、ジュネーブ議定書拒否
東京・日暮里で大火
治安維持法ついに成立
貴族院改革、修正で成立
普選案で両院協議会
四個師団を廃止
普選法ようやく成立
農商務省を分割
4月
政友会総裁に田中義一大将
総同盟真っ二つ
田中総裁、内閣支持を約束
定期飛行郵便スタート
ヒンデンブルク大統領誕生
青島の日本紡績工場でスト
英、金輸出解禁を発表
5月
女性もメーデーの気勢
“宇垣軍縮”はじまる
普選法公布に歓声
治安維持法に国民の不安
政友会に両党合同
北樺太から撤兵完了
但馬地方に大地震
悲惨な但馬地震被災者
青島の紡績争議激化
犬養逓相が辞任
上海で五・三〇事件発生
両党残留者が新党派結成
6月
上海ゼネスト険悪化
反帝運動、中国各地に波及
ゼネストの香港に戒厳令
憲政・政友間に暗流
訪欧飛行の出発日決定
広東沙面租界で虐殺事件
7月
緊張続く広東
JOAK、本放送開始
学生社会科学連合会が大会
訪欧機飛び立つ
税制整理案で閣議紛糾
8月
第二次加藤高明内閣発足
政友、政友本党と提携
訪欧機、シベリア入り
八坂丸の金塊引き揚げ
無産政党組織を協議
やや進歩的な労組法を立案
第一次共産党事件に判決
中等野球に高松商業優勝
初風・東風モスクワ着
地方税制整理案まとまる
9月
緒についた震災復興
ひろがるコレラの恐怖
帝国議事堂が全焼
学士院会員議員うぶ声
ソ連労組代表が来日
山手環状線が完成
金塊引き揚げの裏話
10月
関東に豪雨禍
ロカルノ会議開く
米に新鋭航空母艦
日本最初の国際学術会議
早慶野球戦が復活
北京で関税会議開催
訪欧機の壮挙完成
小樽高商事件が問題化
狂喜する訪欧飛行士の家族
11月
不況下のたばこ値上げ
軍事教育で早大生騒ぐ
中国の関税自主権承認
夜勤の女工員らストで気勢
総同盟と評議会の対立激化
朴烈・金子文子を起訴
郭松齢反乱で奉天派混乱
無産政党準備委員会が分裂
12月
ロカルノ条約調印
富士紡の検挙三百人
農民労働党を即日禁止
京大・同志社の社研生検挙
三笠保存事業スタート
内地総人口は六千万人弱
奉天軍の敗色濃厚
北樺太の利権協約成立
政友本党、合同を断念
皇孫誕生を臨時放送
関東軍、張・郭両軍へ警告
政府、政友本党へ接近策
女装の“ピス健”逮捕
郭軍阻止に満州へ増兵
張軍反撃、郭軍大敗
京大学連事件に教授団抗議
大正15年
1月
帰国の訪欧飛行士歓迎
再び無産政党結成の動き
政友会総裁相手の怪訴訟
初のダイヤル式電話開通
共同印刷で操短反対スト
加藤高明首相が急死
第一次若槻内閣が発足
2月
アナキスト大暴れ
労働組合法反対の大デモ
同交会、政友会に合同
三万人の建国祭デモ
税制整理で両党妥協
東京復興工事その後
3月
松島遊郭移転で怪文書
政友会総裁に横領の疑惑
労働農民党の結成なる
太沽砲台、日本駆逐艦砲撃
中野正剛氏を査問に
各国、中国へ最後通告
共同印刷争議ようやく妥結
田中大将事件の波紋
北京の反軍閥大会弾圧
朴烈・金子文子に死刑判決
乱闘で閉幕の衆議院
日本農民組合が分裂
4月
美談の主、平沢画伯
蒋介石氏の反共クーデター
朴烈夫妻に減刑
青年訓練所令を公布
松島遊郭事件、大物に波及
5月
英炭坑、ゼネスト宣言
農民加えてメーデー
上野に美術の殿堂
英の経済活動まひ
チャーチル蔵相、新聞屋に
北極圏飛行に成功
英のゼネスト失敗
飛行船で北極横断
日本楽器ストに抜剣警官隊
十勝岳が大爆発
貯水池決壊の惨事
十勝岳山ろくの惨状
日本楽器争議団本部を襲撃
6月
女工員の夜業やり玉
若槻内閣改造
木崎村小作争議の演説会
朝鮮で反日示威運動
7月
労働行政に新局面
発禁続出に対策
警察署廃止反対の暴動
労農党、左派排斥を決定
地主が小作法で陳情
新潟県下に水禍
朴烈怪文書事件が発生
8月
長野市暴動に大検挙
日本楽器争議ようやく妥結
木崎村の農民学校
鬼熊事件が発生
中等野球に静岡中学優勝
日本放送協会が発足
朴烈怪文書で北一輝逮捕
人見絹枝さんの快記録
9月
朴烈写真事件で司法省声明
普選の皮切り浜松市議選
蒋介石氏の北伐本格化
北伐軍、漢口を奪取
国際連盟にドイツ加入
日米競泳に日本勝つ
日本交響楽協会の内紛
鬼熊、警官殺し逃走
社研学生大検挙を発表
朴烈問題で政府を追及
台風で奄美大島に大被害
山陽線で特急転覆事故
新潟県で児童盟休拡大
10月
鬼熊、包囲され自殺
甘粕大尉が出獄
日本農民党を結成
『文芸戦線』の劇団進出
長慶天皇の在位宣布
労働農民党分裂
トロツキー氏追放
東京で太平洋学術会議
11月
寺尾さん、百に世界新
安部磯雄氏ら新党樹立提唱
若槻首相も取り調べ
天皇のご病気発表
北伐軍、南昌を占領
英連邦制度樹立を決定
英炭坑ストようやく終止
教練合格者の在営期間短縮
12月
総同盟、またも分裂
社会民衆党が誕生
武漢移転強行の国民党左派
日本労農党も発足
労働農民党は再出発
再び政友と政友本党が提携
葉山に“出張”の閣議
大正天皇崩御
年表あり