大阪商人太平記 明治後期篇 下
第1章 明治後期大阪金融界の人々
三十四銀行と小山健三・一人一業主義を主張
日糖事件について
代議士の汚職発覚・英大使からきびしい手紙
日糖事件と小山健三
小山健三の人物・銀行が第二の家
藤本ビルブローカー
藤本清兵衛の生いたち・器量を見込まれ藤本家へ養子
ビル・ブローカー創業の動機
日糖事件で平賀が継ぐ
平賀敏の生いたち
名古屋時代の平賀敏・財界の動きにも敏感
三井銀行と関西の紡績業者
三井銀行大阪支店長としての平賀敏・恐慌時に銀行救う
事業界にはいった平賀敏
三井銀行について
中上川彦次郎入行・一時は“仏敵”さわぎ
中上川の改革と新聞人
中上川と慶応出
山口銀行と町田忠治
山口吉郎兵衛のこと
坂野兼通と山口銀行
鴻池銀行と島村久
原田二郎の鴻池入り
原田二郎の生いたち
鴻池での原田二郎と芦田順三郎
鴻池での原田の仕事・批判に屈せず債券を執行
日本醤油醸造会社事件について
鴻池に対する原田の貢献・“原田積善会”おこす
浪速銀行と永田仁助・円満な人柄
百三十銀行事件と松本重太郎
安田善次郎の駆引き
日本銀行の反対・安田の信用で休業
銀行約一ヵ月で再開
安田善次郎という人
安田銀行の発展と百三十銀行
住友銀行について
志立鉄次郎と中田錦吉
三菱合資銀行部大阪支店
広岡久右衛門と加島銀行
広岡浅子と加島銀行
広岡恵三と星野行則
近江銀行の池田経三郎
その他多数の銀行家たち
北浜銀行の起源と業態・株式界の要望満たす
北浜銀行、公債売出しで成功・社債の引受けも始める
増資をめぐる非常手段
カラクリ明るみに・北浜銀行ついに取付け
全重役辞任と杉村正太郎の頭取就任
第2章 貿易の発展と貿易商社の人たち
貿易商社と直接貿易
繊維商品の貿易
洋反物商の生態
唐物より洋反物へ
伊藤万商店と輸入
伊藤万商店と輸出
山口玄洞の生いたち
山口商店を開業
外国商館と手をつなぐ
山口玄洞の活躍
山口の貿易とシナ市場
山口玄洞の善行・捨てるためにもうけてきた生涯
伊藤忠と貿易
輸出に乗り出す
明治末期の伊藤忠
綿花の輸入商
内外綿の創立事情
インド綿花の輸入
インド綿の輸入と社運
川邨利兵衛の入社
大阪撚糸会社と内外綿
内外綿の雑貨貿易
喜多又蔵の生いたちと日綿
田中市太郎社長の客死
南郷三郎と日綿
三井物産の成立
三井物産の綿糸布輸出
三井物産綿花部
三井物産と鐘紡
兼松房治郎商店
兼松と日濠貿易
山田市郎兵衛と染料の輸出入
江商合資会社
嘉門長蔵とメリヤス輸出
安宅商会と安宅弥吉
半田綿行と半田茂兵衛・肥料商から綿花商へ
半田家の四兄弟
シナ綿の輸入と半田綿行
東興洋行とインド綿の輸入
半田の現物引受け
半田綿行と柏崎紡績
八木商店と八木重助
八木保次郎、大阪で開店
八木商店の発展
中野豊支配人
与三郎の性格
岸本商店と当時の鉄商
浜倉の壮観
岸本商店、八幡の指定問屋に
鈴木商店・手びろく事業起こす
金子直吉と鈴木よね
岩井文助と丹波の故郷
上平屋村の岩井家
タンスと養蚕の村・岩井家発祥の地
静かな山村
岩井文助郷里を出る
熱心に働き独立
加賀文の発展
勝次郎、加賀文に奉公
岩井勝次郎の生いたち
私立銀行の勃興
丸三銀行への関係
加賀文の初期の店員たち
取扱い商品
岩井文助の人柄・早起きして南御堂に日参
石油取引き
岩井石油店
大川町の石油店と岩井梅太郎
勝次郎の活躍
マッチ原料の取扱い・ワシ印で大いに売り出す
滝川弁三とウイリアム・ダフ
各種事業に手を出す
勝次郎の性格
ウイリアム・ダフと直接貿易
岩井のマーク
岩井勝次郎の外遊
米田鶴吉の外遊
英人ダフを師に・商業経営での勝次郎
明治三十五、六年ごろの岩井商店
岩井商店の北浜移転・民間初の洋館建設
直接貿易本格化へ
国産品の育成
メリヤス製造に乗り出す
岩井豊治
岩井の発展
貿易人の心得
第3章 取引所をめぐる人間群像
北浜株式街の移り変わり
黒川幸七
岩本栄之助の生いたち
栄之助、仲買人となる
栄之助の義侠・巨額の富と名声得る
渡米実業団に参加
高倉藤平と岩本栄之助
野村徳七のデビュー
初代徳七
野村信之助
信之助、商業学校を退学
信之助の株式界進出
野村商店の新経営法
信之助、徳七を襲名
堂島米穀取引所の人たち・米の仲買人が株へ転向
二川茂助とその他の人物
田附政次郎の出現
政次郎、三品の仲買人となる
三品取引所と買占めの歴史
ヤミ商内
守山相場
守山相場の行きづまりと田附政次郎
江商の創立
日露戦後の田附商店
金巾製織、大阪紡績に合併
第4章商業と商人
当時の肥料商人
材木商人
清水栄治郎
森平蔵
その他の材木業者
雑喉場の人たち
織物同業組合の設立
瀬尾喜商店
五代目瀬尾喜兵衛の活躍
小泉重助商店
近江出身の織物商
外村一統
尾州系の商人たち
紙業界の人たち
萩原栄次郎
美術商の山中吉郎兵衛
山中定次郎の活躍・世界を股に大活躍
大受けの活動大写真
英国王室御用
化粧品つぎつぎ発売
売薬業界の人たち
維新後の新薬
オチニのくすり
丹平と健脳丸
藤沢友吉と樟脳
鐘馗の商標
安住大薬房
伊三郎、南京虫の退治薬売り込む
日本ガサの機知
人力車パレード
森下仁丹とマーケッティング
美男の広告
谷新助と健胃固腸丸
田辺五兵衛
塩野義の発展・和漢薬から洋薬を販売
その他の業者
近江屋長兵衛の独立
ひろがる地方取引き
和漢薬から洋薬へ
明治初期の武田
洋薬の国産に乗り出す
重太郎、五代目長兵衛を襲名
薬とともに四十年
洋薬の製造ひろがる
ニセ薬の横行
大日本製薬の設立
国産新薬の開発
洋酒の販売ひろがる
洋酒、食料品の国産化
おもな洋酒、食料品販売業者
第5章 電鉄と海運界の人々
阪堺鉄道の開業
沿線の開発進む
大合同で南海鉄道誕生
鳥井駒吉の活躍
アメリカ式経営法の採用
上町線、高野線の合併
南海電車の発展とミナミの繁栄
天保年間にできた盛り場
「溝の側」へ移転
生まれ変わった千日前
千日前歓楽街と奥田ふみ
見世物小屋や競技場
外人曲馬団も
寄席の進出
横井座、弥生座、改良座
ニワカと壮士芝居
大阪相撲
活動写真の出現
阪堺電気軌道の開通
阪堺線発展計画
歓楽街「新世界」誕生・不夜城を誇る通天閣
阪神電鉄の敷設計画
四年ぶりに敷設許可
ひと苦労の技術者さがし
広軌を採用
資金難で行きづまる
ついに運転開始
「ウゴキマース」チンチン
大阪駅前に乗入れ
香櫨園の開設
沿線開発進む
京阪電鉄の誕生
太田光煕登場
ついに全線開通・淀屋橋乗入れ創設以来の悲願
大阪電気軌道の設立
生駒トンネル
集まる疑惑の目
トンネル完成の喜び
箕面有馬電鉄と岩下清周
小林一三の生いたち
小林一三と岩下、平賀
三井をさようなら
小林の浪人生活
箕面有馬電軌の設立
変わった約束・運命かけた小林
珍しかったPR
小林の経営方針
関西鉄道界の恩人、一三と並ぶ速水太郎
社外船の起こり
北前船
親議会を組織・栄えた北陸の船主たち
広海二三郎、西洋型帆船買入れ
菱垣、樽廻船系の社外船
新たな社外船主
西部船主同盟
関西汽船同盟
二代目尼崎伊三郎