軍艦奉行木村摂津守
第1章 浜御殿奉行の嫡子
十三歳で初出仕
浜御殿と将軍
木村家と浜御殿
武彩な交友と異例の出世
講武所出役
西の丸目付
目付の役務
長崎表御用取締
第2章 長崎海軍伝習所取締
長崎へ
長崎海軍伝習所
伝習所の実情
さまざまな苦労
手当と身分の障壁
港外訓練
伝習所の閉鎖
第3章 咸臨丸出航前後
大老井伊直弼就任のあおり
慶喜派への波紋
横浜開港構想
突然の軍艦奉行並辞令
永井・水野の「別船派遣」の建議
「別船派遣」の実現
水野忠徳のこと
水野と勝
水野の決断
遣米使節の下命
海軍誕生の苦吟
木村摂津守の乗員選考
通訳万次郎乗船の根廻し
出帆前の人員削減
ブルックという軍人
ブルックの乗船協力
航海費用と木村家財政の秘密
公金返却
出航の別れ
咸臨丸の出港
日本人士官とブルックのギャップ
ブルックの誤認
第4章 遣米副使木村摂津守
サンフランシスコ入港と歓迎
「貴人」と評された木村
公式歓迎会
入港前の木村の訓令
恩賞の数々
メア・アイランドへの移動
ポーハタン号の到着
咸臨丸の修理と海軍魂
米人との草の根交流
別れの日
咸臨丸、日本へ
三人の客死
アメリカ人の親切
第5章 江戸の軍艦奉行(一)
軍制改革への参加
海軍誕生
国産第一号蒸気小形船造船に着手
留学生派遣と軍艦の発注
留学生さまざま
現場要員の留学と外国人教師の招聘
井上清直の転任
井上の人物像
大海軍計画の概要
大海軍構想の主旨
木村と勝の構想の違い
想案の再提出
第6章 江戸の軍艦奉行(二)
繰り返された建議
失意の辞任
勝への反感
岩瀬の死
退隠の木村を訪れる人々
解放の日々
開成所頭取へ
親友との交誼
辞任、就任の繰り返し
軍制改革の実現と矛盾
実現しはじめる構想
敗戦の後始末
第7章 木村芥舟の生活と後継者たち
海軍一家
隠居準備
明治海軍の沿革
海軍兵学校の整備
市井の芥舟とその家族
海舟との交友
近代海軍の功労者たち
『海軍歴史』の編纂
福沢諭吉の木村観
黄海海戦
福沢による咸臨丸乗員の再評価
第8章 勝、福沢の死と晩年の芥舟
勝の思い出
変化した勝の木村観
もう一つの芥舟の海舟評
悪化する勝と福沢
勝・福沢の性情いずれも「妙」
晩年の芥舟
駿吉のこと
芥舟の死
海軍と木村家
年譜・参考文献有