大勝利の記録
昭和十六年十二月
対米英宣戦
西太平洋に戦闘開始さる
帝国政府声明
日米交渉経過
畏し、陸海将兵に勅語を賜ふ
海鷲、布哇急襲の大戦果
米英撃摧の大詔奉戴
一億一心決戦に邁進
海鷲、英戦艦二隻を轟撃沈
帝国艦隊、香港湾口に肉薄
海軍の偉功を御嘉尚
日泰攻守同盟締結意見一致
日独伊新協定に調印
日独伊新協定文
海鷲の偉功に御嘉尚
対米英戦「大東亜戦争」と呼称
米戦艦アリゾナ以下三隻撃沈
大東亜戦下、臨時議会開会
陸海軍大臣戦況報告
歴史的戦時議会終る
布哇海戦の大戦果
帝国陸軍各方面に兵力を増強
皇軍香港に敵前上陸
海務院初代長官原清中将
マレー沖海戦
日泰同盟条約調印
香港の英軍降伏す
戦時第七十九議会開会
香港攻略を御嘉尚
昭和十七年一月
陸軍部隊開戦以来の戦果
海軍部隊開戦以来の戦果
大詔奉戴日を設定
陸軍部隊開戦一ケ月の戦果
開戦一ケ月の陸軍戦況
一勝に安んずる勿れ(平出放送)
蘭印とも戦闘開始
蘭印の敵対行為忍び得ず政府声明
米空母レキシントンを撃沈
日独伊軍事協定調印
陸軍の週間綜合戦果
泰国遂に参戦
増強英空軍潰滅す
マレー西岸方面陸軍戦果
陸軍のマレー西岸戦果
昭和十七年二月
ジヨホール・バール占領
ジヤワ沖海戦
シンガポールに敵前上陸
皇軍シンガポールに突入
海軍、初落下傘部隊メナド奇襲
陸軍落下傘部隊パレンバンに降下
シンガポール陥落す
陸海両相議会にシ港陥落を報告
畏くも、恩赦の御沙汰
海鷲、ダーウインを初空襲
シンガポールの大戦果
海軍落下傘部隊再度降下
敵航空母艦を大破炎上
ジヤワ沖海戦
昭和十七年三月
スラバヤ バタビヤ沖海戦
大東亜海の敵艦隊を撃滅
壮烈 特別攻撃隊
燦・海軍開戦以来の戦果
ラングーン陥落す
開戦三ケ月の陸軍綜合戦果
議会を再開、陸海相戦況報告
日ソ漁業暫定協定延長
新英霊一万五千十七柱合祀
昭和十七年四月
海軍、コロンボを強襲
印度洋戦戦果
バタアン半島総攻撃
海軍、ツリンコマリを強襲
大海洋作戦の新展開(平出放送)
印度洋作戦綜合戦果
バタアン半島攻略成る
帝都に米機初来襲
泰国慶祝使節来朝
昭和十七年五月
コレヒドール陥落
陸海軍に勅語を賜ふ
海軍落下傘部隊に感状
珊瑚海々戦
珊瑚海海戦綜合戦果
燦!コレヒドール戦果
開戦五ケ月の海軍大戦果
昭和十七年六月
航空軍司令部創設
特殊潜航艇又も活躍
米・英海軍又も黒星(平出放送)
陸軍半歳の綜合戦果
ミツドウエー海戦
敵空母誘ひ出しに成功(平出放送)
戦時下行政の簡素化断行
泰国へ答礼使節特派
皇軍・キスカ、アツツ島を占領
昭和十七年七月
地方事務所開設
支那事変は大戦の緒戦(谷萩放送)
支那事変五ケ年の戦果
聖戦必勝の態勢成る
真珠湾急襲の海鷲に感状
聖上、霞ケ浦、土浦に行幸
海洋精神とミツドウエー海戦(平出放送)
錦旗を那須野に進ませらる
空の軍神加藤少将
プリンス及レパルスを撃沈
昭和十七年八月
松井、牟田口両部隊に感状
第一次ソロモン海戦
舷々相摩す肉薄夜戦(平出放送)
比島爆撃隊に感状
マレー挺身の朝井、板家両部隊に感状
ソロモン海戦綜合戦果
高橋中隊長に個人感状
学制大改革
誉れの福井准尉と山本兵長
第二次ソロモン海戦
米窮余の反攻は断乎撃滅す
国府へ答訪使節派遣
大東亜省創設決定
昭和十七年九月
香港攻略肉弾部隊に感状
海軍特設臨時職員設置令改正
初陣陸海軍落下傘部隊に感状
佐々木、奥本両中尉に個人感状
陸鷲に輝く個人感状
新例、東条首相東大卒業式に祝辞
帝国海軍大西洋に出撃
陸軍防衛召集規則制定
金鵄勲章叙賜条例改正
昭和十七年十月
戦時陸運の非常時体制確立
陸軍兵器行政本部創設
シドニー強襲の四英霊還る
大東亜戦、初の論功行賞
我本土空襲の米機搭乗員厳罰
南太平洋海戦
ソロモン方面八十日間の戦果
海軍航空本部制度改正
昭和十七年十一月
大東亜省誕生
両陛下、錬成大会へ行幸啓
帝国海軍十旬の戦果
アリユーシヤン方面の戦果
海軍ガダルカナル島を強襲
陸軍ソロモン方面に撃滅戦
益子中尉、山本中隊に感状
入佐海鷲支隊へ感状
南太平洋海戦詳報戦果
第三次ソロモン海戦
第三次ソロモン海戦綜合戦果
暗夜相搏つ主力艦戦
米比敗残兵を剿滅
ルンガ沖夜戦
ソロモン方面四ケ月の戦果
水雷戦隊得意の強襲
赫々!戦争一周年の海軍戦果
米海軍主力を挙国撃砕へ(平出大佐記念放送)
俘虜四十二万、陸軍一年の戦果