千九百四五年露日海戦史 第1巻 上
第1章 露日海軍ノ配備及比較、海戦場略記、戦前露日両国ノ国際的状況
露日海軍ノ戦闘力
海戦場
日本海
日本海ニ於ケル諸海峡
朝鮮海峡及瀬戸内海
黄海及東支那海
黄海ニ於ケル朝鮮諸港
黄海ニ於ケル支那諸港
大孤山
太平洋
日本ノ主要港
太平洋ニ於ケル露国諸港
要塞トシテ浦塩斯徳ノ価値
営口
関東州
塩大澳及貔子窩澳
裏長山列島
金州湾
旅順口ノ鍵鑰タル金州地峡ノ価値
関東州ノ南部
大連湾
青泥窪市
旅順口ト其ノ千八百九十八年当時ノ状況
千九百四年ニ至ル旅順口ノ設備
船渠
弾薬
石炭
旅順外港
主要海軍根拠地トシテ旅順口ノ欠陥
要塞トシテノ旅順口
ウエリーチコ大佐設計案
要塞築設工事
千九百三年陸軍大臣ノ要塞巡視
開戦前要塞ノ有様
旅順要塞ノ統轄
沿岸望楼
開戦前西比利大鉄道ノ状況
露日国際関係
第2章 露軍ニ於ケル最高指揮権、露軍作戦計画
陸海軍高級指揮官
陸海軍最高指揮官カ作戦計画ニ就テ関知セル程度
千九百一年スクルイドロフ海軍中将ノ作戦計画ト海軍根拠地浦塩斯徳
アレキセーエフ海軍大将ノ指図ト旅順海軍根拠地
千九百三年四月十日(二十三日)会議
エーベルガルド大佐ノ作戦計画ト艦隊根拠地馬山浦
千九百三年四月十七日(三十日)会議
ウイトゲフト少将ノ作戦計画
千九百三年太平洋海軍作戦計画 第一号(千九百三年四月二十日)作戦計画(其ノ一)
千九百三年戦時太平洋海軍力ノ配備 第二号(千九百三年四月二十日)作戦計画(其ノ二)
海軍出師準備及指揮官 第三号作戦計画(其ノ三)
ウイトゲフト海軍少将作戦計画追補
旅順口外錨地艦隊配列ニ関スルスタルク中将ノ計画
アレクセーエフ大将ノ防材構成ニ関スル命令
シユタケリベルグ少将ノ巡洋枝隊作戦計画
千九百三年十二月十八日(三十一日)会議
千九百三年十二月十八日(三十一日)会議ニ於ケル決定事項
シユタケリベルグ海軍少将ニ対スル艦隊司令長官ノ訓令
シユタケリベルグ海軍少将ノ回答
黄海ニ於ケル捜索偵察計画
水雷敷設計画
艦艇配備ノ変更
出師準備計画ノ欠点
陸軍作戦計画
作戦計画ニ対スル陸軍大臣ノ承認
フルーグ陸軍少将ノ新作戦計画
海軍ノ行動ニ関スルフルーグ陸軍少将ノ質議
ウイドゲフト海軍少将ノ回答
陸軍作戦計画ノ基礎
陸軍作戦計画ノ裁可
千九百三年七月作戦計画ニ関スルクロバトキン将軍ノ意見
千九百四年二月ノクロバトキン将軍ノ作戦計画
海軍作戦計画画策ト海軍軍務局
千九百三年ロジエストウエンスキー海軍少将ノ採リタル手段
ブルシロフ海軍中佐ノ覚書
海軍軍務局ニ於ケル作戦計画ノ不存在
「ニコライ」海軍大学校ニ於ケル図上演習
露国側ノ作戦行動ニ対スル審判官ノ講評
第3章 日軍ニ於ケル最高指揮権、日軍作戦計画
日本陸海軍ノ高級指揮官
信セラルヘキ日本ノ作戦計画
日軍作戦計画ノ根本-不意ナル軍事行動開始及奇襲
第一軍ノ上陸
第二軍ノ上陸
日本海軍軍令部ニ於ケル作戦計画ノ画策
日本海軍ノ戦争準備、東郷平八郎及八司令官ノ任命
各艦隊ノ編制
開戦前日本駐在露国海軍武官ノ報告
巡洋艦日進及春日ノマラツカ海峡通過
日本ニ於ケル陸軍駐在武官ノ報告
日本軍ノ兵数
日本ノ予備軍
第4章 極東ニ於ケル一般ノ形勢、千九百四年一月開戦前ニ於ケル露国艦隊ノ状態
千九百四年ノ初ニ於ケル一般ノ形勢
海軍少将ウヰレニウス艦隊ノ東航及其ノ不成功ノ理由
千九百四年一月一日(十四日)太平洋艦隊ノ状況
一月初旬旅順ニ於ケル艦隊ノ警護
艦船ノ日課
千九百四年一月初旬旅順ニ於ケル艦船ノ行動
千九百四年一月艦隊乗員ノ交迭
太平洋艦隊ノ就役
旅順港外ニ於ケル艦隊ノ警戒法
巡洋艦ニ対スル訓令
探照灯照射ニ関スル訓令
駆逐艦ニ対スル訓令
泊地ノ警戒開始
極東太守艦隊行動ニ対スル訓令ヲ請求ス
一月二十一日(二月三日)ノ出動
艦隊ノ準備ニ関スル司令長官ノ意見
一月二十二日(二月四日)艦隊ノ旅順帰還
艦隊出動ノ効果
一月二十二日(二月四日)ニ至ル迄ノ日本トノ外交談判ノ状況
千九百四年一月二十三日(二月五日)
一等巡洋艦「ヂアナ」ノ戦備検閲
日本艦隊軍事行動開始ノ大命ヲ受ク
聯合艦隊ノ佐世保発進
千九百四年一月二十四日(二月六日)ニ於ケル旅順
国交断絶ト之ニ関スル極東太守ヘノ通牒
国交断絶ニ対スル極東太守ノ所見
彼得堡ニ於ケル国交断絶ニ対スル印象
極東太守司令部ノ軍港ニ対スル処置
旅順防禦ノ場合ニ於ケル「ラズボイニク」及「ヅヂギート」ノ乗員ノ部署
千九百四年一月二十五日(二月七日)
日本聯合艦隊ノ行動
日本聯合艦隊ノ分離
一月二十六日(二月八日)露国艦隊司令長官ノ上申
右上申書ニ対スル太守ノ裁断
一月二十六日(二月八日)艦船ノ行動
一月二十六日(二月八日)ノ諸信号
一月二十六日(二月八日)艦隊ノ日課
日本ト国交断絶ニ関スル私報
一月二十七日(二月九日)ニ於ケル太守ノ処置
一月二十六日(二月八日)日本人ノ旅順引揚
一月二十六日(二月八日)日本艦隊諸戦隊ノ行動
一月二十六日(二月八日)夜ニ於ケル露国艦隊
艦隊司令長官室ノ会議
千九百四年一月二十六日(二月八日)附マカロフ提督ノ書翰
マカロフ提督書翰ノ意義
第5章 千九百四年一月二十六日(二月八日)ヨリ二十七日(九日)ニ亘ル夜中水雷攻撃
艦隊ノ配置及其ノ警備
当直駆逐隊ノ出動
露国駆逐隊ノ帰還
艦隊敵駆逐隊ヲ発見ス、「レトウヰザン」「ツエサレーウヰチ」及「バルラーダ」ノ爆破
敵駆逐隊ノ第二回及第三回襲撃
襲撃ニ関スル日本側ノ記録
襲撃ニ関スル露日両国報道ノ対照
水雷爆発後ニ於ケル戦闘艦「レトウヰザン」ノ行動
「レトウヰザン」港口水道ニ坐礁ス
「レトウヰザン」ノ破孔
水雷爆発後ニ於ケル戦闘艦「ツエサレーウヰチ」ノ行動
「ツエサレーウヰチ」ニ対スル第二回及第三回ノ襲撃
「ツエサレーウヰチ」港口水道ニ坐礁ス
「ツエサレーウヰチ」ノ破孔
「ツエサレーウヰチ」救助ニ対スル機関官フヨーロフノ偉功
機関官アフヰノーゲン、ジユーコフノ死歿
水雷爆発後ニ於ケル巡洋艦「バルラーダ」ノ行動
「バルラーダ」ノ破孔
「バルラーダ」ニ於ケル瓦斯中毒
魚雷襲撃方向
一等巡洋艦「アスコリド」ノ行動
「アスコリド」ノ抜錨
一等巡洋艦「ヂアナ」ノ行動
戦闘艦「ポベーダ」ノ行動
運送船「アンガラ」ノ行動
損害及発射弾数表
旗艦「ペトロバウロフスク」ノ行動
極東太守ヘノ報告
損害艦抜錨内港ニ向フ
艦隊ニ於ケル爾余艦船ノ行動
要塞ノ行動
襲撃後ニ於ケル艦隊ノ警戒方法
日本ノ「ホワイトヘッド」魚雷
過誤ニ出テタル非常号令
二等巡洋艦「ノーウヰク」ノ出動
二等巡洋艦「ボヤーリン」ノ出動
哨戒駆逐隊ノ行動
巡洋艦「アスコリド」ノ巡邏
艦隊ノ戦闘準備
第6章 戦争第一日 千九百四年一月二十七日 二月九日旅順口外ノ戦闘
日本巡洋艦隊ノ出現
敵艦隊攻撃ノ為露国巡洋艦隊ノ出動
全艦隊ノ出動
全艦隊ノ錨地帰着
極東太守艦隊司令長官ヲ自邸ニ招請ス
日本艦隊ノ行動
「ボヤーリン」ノ帰還及露国艦隊ノ行動
「ペトロバウロフスク」ヨリノ信号
露国艦隊其ノ司令長官ノ帰艦ヲ待合ス
司令長官ノ帰艦、艦隊ノ抜錨
戦闘ノ一般経過
戦闘ノ終了
戦闘後ニ於ケル艦隊ノ行動
砲艦ノ行動
「セワストーポリ」ト「ポルターワ」トノ衝突
露国側報告ノ再審
戦闘ニ関スル日本側ノ記事
彼我戦闘記事ノ対照比較
一月二十七日(二月九日)書間ニ於ケル艦隊ノ行動
二等巡洋艦「ノーウヰク」
一等巡洋艦「バヤーン」
一等巡洋艦「アスコリド」
一等巡洋艦「ヂアナ」
二等巡洋艦「ボヤーリン」
仮装巡洋艦「アンガラ」
一等巡洋艦「バルラーダ」
各巡洋艦ニ関スル報告ノ審査
戦闘艦「ペトロパウロフスク」
戦闘艦「ボルターワ」
戦闘艦「セワストーポリ」
戦闘艦「ペレスウエート」
戦闘艦「ポベーダ」
戦闘艦「レトウヰザン」及「ツエサレーウヰチ」
戦闘艦ニ関スル報告ノ審査
駆逐隊ノ戦闘参加
砲艦隊ノ行動
港内敵弾ノ落下
海岸砲台ノ戦闘参加
砲台砲火ノ効果
戦闘ニ関スル諸報告ノ審査
日本艦隊ト海岸トノ距離
両艦隊間ノ距離
日本艦隊ノ砲火ニ就テ
露国艦隊ノ受ケタル命中弾数
日本艦隊ノ受ケタル命中弾数
両艦隊備砲ノ比較
損害ニ関シ日本人ノ緘黙
一月二十七日(二月九日)戦闘ノ価値
戦勝者ナシ
駆逐艦「ベズストラーシヌイ」及「ラストローブヌイ」両艦長ノ更迭
一月二十六日(二月八日)及二十七日(九日)ノ戦闘ニ対スル論功行賞
陸軍将校ニ対スル論功行賞
露日戦争劈頭戦闘中ノ勲功ニ対シ「ゲオルギー」勲章ノ下賜
第7章 戦争第一日、一等巡洋艦「ワリヤーグ」及航洋砲艦「コレーエツ」ト日本瓜生海軍少将麾下戦隊トノ仁
巡洋艦「ワリヤーグ」ノ第一回仁川派遣
巡洋艦「ワリヤーグ」第二回ノ仁川派遣
千九百四年ニ至ル「ワリヤーグ」ノ仁川滞在
千九百四年一月二十四日(二月六日)ニ至ル「ワリヤーグ」ノ仁川碇泊
韓国ノ局外中立
砲艦「コレーエツ」ノ牙山湾出動
旅順ニ致セル最後ノ報告
千九百四年一月二十四日(二月六日)ト国交断絶ノ風説
千九百四年一月二十五日(二月七日)艦長京城ニ向フ
千九百四年一月二十六日(二月八日)砲艦「コレーエツ」ノ出港
日本艦隊砲艦「コレーエツ」ノ進航ヲ妨害ス
日本水雷艇隊ノ攻撃
砲艦「コレーエツ」ノ仁川帰還
「ワリヤーグ」艦長並英国巡洋艦「タルボツト」艦長ノ行動
日本司令官ハ砲艦「コレーエツ」攻撃ニ関シ何等知悉スル所ナシ
日本軍隊ノ仁川上陸
千九百四年一月二十七日(二月九日)日本ト開戦ノ報道
日本司令官列国軍艦ニ泊地退去ヲ請求ス
巡洋艦「タルボツト」ニ於ケル列国艦長ノ協議「ウヰスバーグ」艦長協議参加ヲ拒絶ス
露国艦隊ニ対スル日本ノ挑戦
英艦「タルボツト」ニ於ケル会議ノ調書
外国諸艦長ノ抗議文
「ワリヤーグ」ニ於ケル士官会議ト突破ノ決議
砲艦「コレーエツ」ノ戦闘準備
戦闘前露国軍艦ニ於ケル最後ノ行動
列国軍艦露国軍艦ノ出陣ヲ祝ス
日本司令官降伏ヲ勧告ス
戦闘開始
「ワリヤーグ」ニ於ケル水線下破孔
露艦泊地ニ帰投ス
戦闘終結
砲艦「コレーエツ」ノ行動
砲艦「コレーエツ」ノ損害
「ワリヤーグ」乗員ノ死傷
「ワリヤーグ」艦体ノ損害
外国軍艦ノ負傷者救護
米国砲艦「ウヰツクスバーク」ノ負傷者救護ヲ謝絶ス
「ワリヤーグ」ニ於ケル将校会議及爆沈ノ議決
負傷者運搬
「ワリヤーグ」ノ沈没
「コレーエツ」ニ於ケル将校会議及爆沈ノ議決
砲艦「コレーエツ」ノ爆沈
汽船「スンガリー」号ノ沈没
日本側ノ損害
露国乗員ノ列国軍艦分乗
極東太守戦闘開始ノ電報ヲ発ス
露国乗員放還ニ関スル日本人トノ交渉
仁川日本病院ニ重傷患者ノ送致
「バスカル」上海ニ向ケ出発
巡洋艦「エルバ」及「タルボツト」香港ニ向ケ出発
露国乗員ノ柴棍出発
論功行賞
露本国及外国ニ於ケル「ワリヤーグ」及「コレーエツ」乗員ノ歓迎
彼得堡ニ於ケル歓迎並謁見
航洋砲艦「コレーエツ」乗組士官名簿
一等巡洋艦「ワリヤーグ」乗組士官名簿