奪われし愛と自由を
序章
引揚促進運動の理念
留守家族のこころ
在外同胞を帰還さすために
第1章 創生期(全協の誕生)―終戦から昭和二十二年末まで―
星野芳樹氏は語る
大木英一氏は語る
東西の合体
全国統一組織の結成
第2章 奪還闘争序曲―昭和二十三年から第一次タス(二十四年五月)まで―
第3章 タス否定の動き
全協の奪還闘争―昭和二十四年五月より二十五年八月まで―
海外抑留同胞救出国民運動―昭和二十五年四月発足以来―
国際連合捕虜特別委員会
第4章 サンフランシスコ講和条約と捕虜条項―昭和二十六年―
新役員と運動方針
対日講和の進展
対日講和に対する留守家族の考え方とその対策
講和に訴える全国留守家族大会
世論の支持
大会遂に成功
第5章 全協大いに海外に伸す―昭和二十七年一月から二十九年九月まで―
上島委員長国連捕虜委に出席
浦野副委員長国連捕虜委に
有田会長国連へ
第6章 引揚の再開―昭和二十八年から―
再開された中国からの引揚
再開されたソ連からの引揚
北鮮引揚
ヴェトナムからも帰る
外蒙からも帰って来た
海外戦没者の遺骨も還る
中国紅十字会代表団の訪日
第7章 日ソ国交回復と在ソ抑留同胞の救出―昭和三十年と三十一年―
日ソ交渉の発端
第一期ロンドン交渉
ロンドン交渉の中絶
再開されたロンドン交渉(昭和三十一年)
千鳥ケ淵・春の陣
モスクワで重光外相立往生
千鳥ケ淵・秋の陣
日ソ交渉妥結し在ソ同胞帰る
第8章 最終段階全協の布陣―昭和三十二年から―
全協の機構改革
有田会長の北京訪問
李徳全女史再度訪日
政府の最終処理案の内示
第9章 留守家族援護の諸問題―未復員者給与法(昭和二十二年)から特別措置法(昭和三十四年)まで―
未復員者給与法の成立とその内容
特別未帰還者給与法の成立とその内容
給与法に対する留守家族の不満と要求
戦争犠牲者に対する国家補償立法化促進
未帰還者留守家族等援護法の制定
恩給法の一部改正―軍人恩給復活す―
援護三法(留守援、遺家援、恩給法)の改正運動
最後処理段階に踏み込む
臨時恩給制度調査会の答申と法律改正
結章 全協の解散―死推法(昭和三十二年末)から特別措置法(昭和三十四年三月)まで―
未帰還者の死亡推定法案
未帰還者特別措置法制定
全協代表者会議、解散を決議
関係資料あり