思い出の記
第1部
故郷
生家
幼時
栄養不良児
話し家
榎さ楼
小火(ぼや)
赤い鳥
有江の川
小田川
長兄の入営
尋常小学校時代
入学
新校舎への移転
一年生の遠足
二年生の頃
村上先生
四年生の頃
日露戦争の思い出
高等小学校時代
進学
虚弱児の悲哀
先生のスパイ
父兄会の思い出
我家の新築
浅尾先生
桑田先生
難波先生
金尾先生
卒業
小学校時代の回顧
佐藤むね女
中学時代
入学試験
通学路
観音橋
岡野代忠校長と報徳教
剣道部に入る
二度目の千光寺登山
団体徒歩競争
修学旅行の思い出
原田先生
ストライキ
運動会
渡辺基三君
妹尾幾太郎君
川井昌三君
高梁中学の武道試合
煙草の詐欺
離れ家の新築
中学卒業
第2部
海軍機関学校時代
入学試験
郷関を出ず
入校
古参生徒の帰校
駆足
外出
大津行
水泳
大掃除
行軍
四号生の冬休暇
兎狩り
父の死
由良川丸の航海
最初の夏休み
私の絵心
一号生
日本「アルプス」登山
大試験
卒業
候補生第一期実務練習(練習航海)
千歳乗組
拝謁、賢所参拝、振天府拝観
候補生と将校マント
鹿島立ち
実務練習の実態
候補生室の生活
嘉納機関中尉の指導振
工場見学と徳山海軍煉炭所
初めて見る朝鮮
満州見学
旅順
上海入港
南京
「ハンモックネッチング」事件
厦門の春
馬尼刺訪問
那覇の思い出
城の崎の月夜
舞鶴要港
教練運転と機械の故障
秋田油田見学
大湊要港部
至急出港訓練
訓示
横須賀帰港
候補生第二期実務練習
分乗
第二期実務練習の意義
軍艦河内の転覆
任官
日向乗組時代
分隊士
最初の宴会
岸本機関長
二年目少尉
二つの失敗
応急工作
補機分隊士
特別大演習と砲塔爆発
天津風乗組の頃
練習艦隊
練習艦隊の編成
主任指導官付の任務
浅間の「ガンルーム」
北投温泉
「シンガポール」の小猿
赤道祭
「ダーバン」港と石炭搭載
「ケープタウン」
大西洋を横断して「リオ」へ
「サントス」と「サンパウロ」
「モンテビデオ」
「バイヤブランカ」と「ブエノスアイレス」
「マゼラン」海峡通過
「タルカワーノ」の御正月
「バルパライソ」と「サンチェゴ」
「イキーケ」と智利硝石鉱場
「タヒチ」島
航海と脚気
練習航海終了
大三島訪問
海軍機関学校普通科学生時代
軍艦多摩分隊長時代
缶分隊長
百武艦長
久保機関長
英国皇太子殿下の来訪
多摩退艦
軍艦利根の勤務
缶分隊長の重荷
馬公という所
支那沿岸警備
転勤
駆逐艦菱乗組の頃
佐世保の下宿
佐世保の料亭
良夜
関東大震災
海軍大学校選科学生(委託学生)時代
小石川の下宿
はじめて持った家
結婚
簀子町の家
愛犬メリー
長男誕生
離別
育児
再婚
九大の学生生活
大学の先生達
箱崎の生活
卒論
卒業
呉海軍鎮守府の頃
徳山海軍燃料廠製油部々員時代
徳山という町
朝顔と菊
集会所
麻雀をはじめる
徳山湾の魚釣り
東川の鮎
愛犬春
最初の胃潰瘍
長男の衛痢
癇の虫
腕白大将
母の隠居家
外国出張
大洋丸
桑港
桑港から「ロサンゼルス」へ
「ロサンゼルス」
大陸横断(サンセット ルート)
「ヒューストン」の日本人
「コンロー」油田と火災
「ヒューストン」より「テリー」へ
岸氏の一家
「ニューオリンズ」
「シカゴ」
「トリード」
「アルコー」社
「オイルシチー」
「ニューヨーク」
「ワシントン」への旅
大西洋横断
「イギリス」の印象
「フランス」所々
独逸の思い出
「イタリヤ」へ
照国丸の船旅
航空揮発油の過渡時代
日本海軍の航空揮発油対策
諸外国に於ける航空揮発油の実状
特号揮発油
分解航空揮発油
軍艦由良機関長時代
海軍省軍需局々員時代
軍需局での私の立場
最初の仕事
住宅新築と胃潰瘍再発
二人分の仕事
最初の予算
分解揮発油水素添加装置
北支事変と燃料
野村少将と私
燃料政策軌道に乗る
丸善石油下津工場
水から「ガソリン」を作る実験
日本揮発油とU・O・P
「イソオクタン」合成
煉炭部廃止
四日市海軍燃料廠計画
軍需局に於ける様々の仕事
東亜燃料工業株式会社と興亜石油
陸軍の燃料と私
大船に於ける部員時代
合成部長時代
「バリックパパン」
先発隊
現地調査
軍需局長の現地視察と工期
長嶺大佐の奇行
異常な復旧工事の進展
資材調達の苦労
思わぬ失敗
「デング」熱
増田弘技術少佐の戦病死
「ボルネオ」の蝶
合成潤滑油
陸軍地区の視察
竣工祝賀会
「ワイン」と「リコー」
竜田丸の遭難
運転士「アルディー」
「バリックパパン」を後に
第一海軍燃料廠実験部長と第三海軍燃料廠出仕
台湾海軍燃料廠の建設
大船海軍燃料廠研究部長の頃
徳山海軍燃料廠長と終戦
最後の全力運転
爆撃
荷物の紛失
工場の復旧作業
徳山市の焼夷爆撃
残務処理
第3部
進駐軍に依る逮捕
人のなさけ
化学醤油
基礎研究
醤油の製造販売
片貝食品株式会社
「サッカリン」の製造
人造宝石の製造計画
青木科学研究所
日本揮発油及び三菱石油の顧問
日本揮発油株式会社常務時代
日本揮発油と藤永田造船所の提携
日本揮発油の石油化学計画
出光興産徳山製油所の計画
出光興産徳山製油所の建設
日本揮発油の研究所
「メタン」の水蒸気改質
日揮「ユニバーサル」株式会社
触媒化成工業株式会社
会社設立
CP7
「ソハイオ」触媒の製造
「シリカゾル」の開発
「ゼオライト」の開発
「ゼオライト」入りFCC触媒
廃触媒より「メタル」回収
ソ連への「プラント」輸出
研究所
第4部
はらから
父の面影
母
長男為一兄
二男国治兄
長女石姉
三男音一兄
四男久市兄
二女政代姉
六男弟幾也
七男末弟四郎