海軍中将中沢佑
序(新見政一)
第1編 私の略歴
第2編 米国駐在時代
私の米国駐在
米国駐在中に修得した事項
第3編 作戦課首席部員時代
国防方針、用兵綱領の改定
軍備制限条約対策
大和、武蔵型戦艦性能要求と辞意表明
燃料備蓄目標量三〇〇万トンを六〇〇万トンに改定
二・二六事件
第4編 連合艦隊首席参謀時代
米内、永野両司令長官の風格
小沢参謀長と艦隊戦策の改定
支那事変勃発と連合艦隊
第5編 軍令部第二課長時代
支那各地に出張、現地情勢把握に努む
駐満海軍部の廃止
日独伊軍事同盟に反対
第6編 軍令部第一課長(作戦課長)時代
燃料備蓄目標量六〇〇万トンを一〇〇〇万トンに改定
戦争図演、吉田海相の達見
世界情勢の推移に伴ふ時局処理要綱の決定
北部仏印進駐の真相と武力進駐阻止
日独伊軍事同盟締結に反対、作戦課長辞任
第7編 足柄艦長時代
南支方面の作戦
足柄艦長時代の所見
第8編 第五艦隊参謀長時代
「関特演」と第五艦隊の編成
大東亜戦争と第五艦隊の任務
本土東方海面の哨戒と米ドウリットル陸軍中佐の本土空襲
ミッドウエー、アリューシャン攻略作戦
アリューシャン、ミッドウエー作戦回想
第9編 海軍省人事局長時代
人事局長就任に当り私の決意
実施した主要事項
第10編 軍令部作戦部長時代
作戦部長に就任
北東方面作戦指導
新段階の作戦方針
絶対国防圏の設定
作戦指導に関連の諸施策
陸海軍大臣の参謀総長、軍令部総長兼務問題
乙事件
中部太平洋島嶼防備強化のための海上輸送
あ号作戦とサイパン奪回作戦断念
東条内閣の総辞職と小磯・米内連立内閣の成立
捷号作戦
第11編 台湾勤務時代
第二十一航空戦隊司令官
台湾における終戦処理
第12編 終戦後
戦犯
巣鴨出所後
第13編 主要回想録
真珠湾攻撃反対論
国防、軍備、戦争抑止論
海上護衛作戦
大本営から見た陸海軍の協同
海軍と政治
大東亜戦争の敗因
人事局長の回顧(その一)
人事局長の回顧(その二)
海上自衛隊幹部学校、水交会等における講話要旨
附・附録