元帥加藤友三郎伝
第1章 幼年時代
誕生
家系の梗概
父君七郎兵衛氏
母堂
兄種之助氏
元帥の幼時
第2章 修学時代
海軍兵学寮に入る
予科修了本科に進む
実地練習の為筑波艦に乗組む
遠洋航海
海軍兵学校を卒業し海軍少尉補となる
海軍兵学校通学を命ぜらる
竜驤艦にて遠洋航海
海軍少尉となる
海軍兵学校通学士官課程を卒業す
第3章 尉官時代
海軍大尉となる
筑波艦分隊長となり遠洋航海
海軍大学校副官
海軍大学校甲号学生となる
海軍大学校を卒業す
浅間乗組となりて砲術練習
高千穂砲術長となる
海軍参謀部出仕となる
第4章 英国出張
造兵監督官となりて英国に出張す
吉野砲術長となり同艦の回航委員となる
帰朝
第5章 明治二十七八年戦役と元帥
清国と国交断絶
聯合艦隊の編制
陸兵輸送の護衛
佐世保出発征途に上ぼる
豊島沖の海戦
黄海の海戦
旅順の攻略
平和克復
海軍省軍務局第一課課僚となる
戦功賞賜
第6章 佐官時代
海軍少佐となる
海軍中佐となる
八島副長となる
筑紫艦長となり清国に出張
海軍大佐に陞進す
海軍省軍務局軍事課長となる
北清事変の功績
常備艦隊参謀長となる
海軍省軍務局第一課長兼第二課長となる
第7章 明治三十七八年戦役
第二艦隊参謀長となる
第二艦隊の編制
日露国交の断絶と聯合艦隊の出動
第二艦隊と浦塩の敵艦隊
蔚山沖の海戦
蔚山沖海戦後の第二艦隊
海軍少将に陞進す
佐世保に入港す
司令長官に随ひて東上す
聯合艦隊編制の改定
第一艦隊参謀長となる
旗艦三笠に乗組み呉を出港す
露国太平洋第二艦隊の東航
我艦隊の邀撃計画
日本海の海戦
聯合艦隊編制の改定
聯合艦隊参謀長となる
休戦次で媾和成る
佐世保に入港す
三笠の奇禍
凱旋
聯合艦隊の編制を解かる
日本海海戦当時の逸話
戦功賞賜
第8章 海軍次官司令長官時代
海軍省軍務局長となる
海軍次官に就任す
政府委員となりて帝国議会に出席す
議会に於ける元帥の答弁
海軍中将に陞進す
米国艦隊の接待
呉鎮守府司令長官となる
第一艦隊司令長官となる
独逸国に宣戦
第一艦隊の行動
青島攻略
第9章 海軍大臣時代
大隈内閣に入りて海軍大臣となる
海軍大将に陞任す
大隈内閣時代
寺内内閣時代
原内閣時代
高橋内閣時代
製艦計画と元帥の努力
第三十九議会に於ける演説
第四十二議会に於ける演説
第四十三議会に於ける演説
製艦事業の実況
大正十年末に於ける我海軍の勢力
諸制度の改正
大正四年乃至九年戦役の賞賜
男爵を授けらる
海相在任中欧米各国より贈与を受けたる勲章及記章
第10章 華盛頓会議と元帥
華盛頓会議の開催
元帥全権委員として参列被仰付
出発
各国の全権委員
開会式
海軍軍備制限問題
閉会式
帰朝
元帥の演説
元帥に関する論評
野村海軍中将の追憶談
第四十五議会に於ける演説
諸条約の批准公布
第11章 内閣総理大臣時代
元帥大命を拝して内閣を組織す
親任式当日の元帥
施政方針に関する声明
加藤内閣の成立に対する世評
海外に於ける批評
米国の雑誌に載せたる米人の批評
加藤内閣の政策実行
綱紀の粛正
酷暑中の元帥
西比利亜撤兵断行
対露交渉
山東問題の解決
日支郵便約定
海軍軍備の制限整理
陸軍の整理縮少
行政整理
財政及税制の整理
社会政策
物価調節
第四十六議会
施政方針に関する演説
加藤高明子の質問に対する答弁
第四十六議会の成績
第二次地方長官会議に於ける元帥の訓示
東宮殿下の御慶事
新施政方針の調査
第12章 元帥の終焉
元帥の体質
内閣組織以来の健康
最終の病臥
容態書
岡野法相の手記
危篤に陥る
勲功に依り子爵を授けられ正二位大勲位に叙せられ元帥の称号を賜ふ
薨去
喪主
海軍葬
柩を首相官邸に遷す
御誄を賜ふ
葬儀
青山墓地に埋葬す
新聞の哀悼記事
第13章 元帥の性行と家庭
忠誠
孝悌
意思強固
剛情我慢
恪勤精励
頭脳明晰
果断決行
思慮周密
寡言
寛容
情諠
浅野侯爵家と元帥
元帥の日常
酒量
喫煙
元帥の筆蹟
囲碁
弓術
漫画の趣味
元帥の家庭
元帥の邸宅
元帥の後嗣
写真版目次・年譜